【空間プロジェクト】利用者さんと職員の双方が心地よく過ごせるデイサービス空間作り‐Vol.3(後編)‐
平成医療福祉グループが運営する介護老人福祉施設「ヴィラ南本宿」に併設する「平成デイサービスセンター南本宿」(神奈川県横浜市旭区)では、利用者さんの心が満たされ、職員が気持ちよく働ける、理想のデイサービス空間作りとして「空間プロジェクト」を進めてきました。
プロジェクトを振り返る後編では、大元の改装プランを作成し、内装を手掛けた外部のパートナー「幸せ空間プロデュ-スチーム」が行った内容をメインに、プロジェクトリーダーと、幸せ空間プロデュ-スチームの対談インタビューや職員の声などをお届けします!
前編はこちら!
プロジェクトリーダーを務めた介護福祉事業部 通所部門管理者の前田 浩太郎(理学療法士)さんが、外部パートナーとして幸せ空間プロデュースチームに依頼することになった詳細はこちらからご覧ください!
※一般社団法人空間デザイン心理学協会サイト
幸せ空間プロデュースチームが作成したコンセプトと内容について
幸せ空間プロデュースチームは改装プランを作成するために、利用者さんと職員に個別ヒアリングや座談会を実施し、「どんな空間で過ごしたいと思っているのか」、その深層ニーズを「見える化」することからスタート。空間デザイン心理学協会のLDNメソッド®を活用し、丁寧に意見を集約して、利用者さんと職員が求める「理想のデイ空間」の方向性を明確にしました。
この方向性に沿って、以下の五つのポイントを押さえた改装を行いました。
①アフォーダンスを取り入れた空間作り
アフォーダンス(※)とは、「自然に行為を促す」ための環境の仕掛けのことです。
利用者さんが自発的に行動することを促す空間構成・仕掛けを行いました。
※「与える・提供する」という意味の「アフォード(afford)」という言葉の造語であり、環境は動物(人)に対して特定の知覚を引き起こさせているという概念。認知心理学者であるジェームズ・J・ギブソンが提唱。
アフォーダンスの一例:デイサービスの入り口に棚を設置
アフォーダンスの一例:窓際での活動を活性化させる
②バイオフィリックデザインを取り入れた空間作り
バイオフィリックデザインとは、インテリアや都市空間のなかで自然の要素を感じられる環境に整えることです。今回、床や壁の一部を木目調の板に張り替え、木のぬくもりが感じられるようにしました。
③ゾーニングの明確化
「ここは〇〇をする場所」だと場ごとにどんなエリアかを認識できるよう「サイン」を設置するほか、「この場所を通って移動する」ことがわかりやすくなるよう動線も整えました。
改装前のデイサービス空間
⑤トイレの増設
トイレは、デイから離れた場所に位置していたため、「近くにあると助かる」という要望がヒアリングで洗い出されました。今回の改装でデイ空間内にトイレを新設し、利用者さんの安心感と職員の業務効率を向上させました。
施設職員の声
内装が変化して、職員や利用者さんにはどのような影響があったのでしょうか。職員のコメントを紹介します。
赤塚 さだ子さん(介護職員)
「最初は思ったより大がかりな改装だな、と驚きましたが、変化するにつれ『素敵になった!』 と感じられました。床が木目調に変わって、すごく温かな雰囲気になったと思います。
利用者さんの個人ロッカーとして使用している入口の棚は、認知症がある方と歩行が困難な方以外は、使い方を利用者さんにお任せするよう促しています。「自分のことは自分でやる」意識が利用者さんに高まっているように見受けられ、職員の自立支援への意識も高まっています。
また、職員が作業するスペースをフロア全体が見渡せる配置に変えてもらい、利用者さんの動きが把握しやすくなり、業務効率がアップしました。空間にゆとりもできて開放感が得られたし、利用者さん同士の会話や自発的な行動も増えたと感じています」
関水 亜紀子さん(デイサービス相談員)
「以前は収納や整理がうまくできなくて、部分的に『荷物置き場』状態になっている場所がありましたが、収納を見直してもらい、視覚的にどこに何をしまえばいいか明確になりました。モノを探す手間が省けて、作業準備などの効率が上がりました。窓際の大きなテーブルは『ものづくりスペース』なんですが、そこに材料を置くだけで、利用者さんが自然と作業を始めるようになり、職員によるアフォーダンスの実践が浸透してきています。
さらに職員が、より良い支援のため『空間をどう使うか』という視点を持つようになりました。利用者さんが活動しやすくなるために、『動線を広げるといいんじゃないか』という意見が出たり、話し合いの機会が都度設けられたりするようになりました」
空間プロジェクトリーダー と 幸せ空間プロデュースチーム 対談インタビュー ~プロジェクトを振り返って~
幸せ空間プロデュースチームと施設職員で進めてきたプロジェクトを前田さんと伊藤さんが振り返り、二人の考えや感想を話してもらいました。
ヒアリングで見える化された
空間に対する施設のみんなの想い
ー前田さんが「空間を変えよう」と考えたきっかけと、プロジェクトを進めることになって、何を大事にしてきたか教えてください。
前田:改装前から、デイにおいて大切に考えていたのは「利用者さんが主体的かつ選択的に活動するためのサービスを提供すること」です。これを突き詰めて考えると、利用者さんが「どう過ごすかを選ぶ」ことは「どの空間で過ごすかを選ぶ」ことに通じていると気づいたんです。
改めてデイ空間を見渡すと、全体的に雑多な感じだったし、「介護施設」色が強い空間だなと感じました。この状態から「利用者さんが自ら活動的に過ごしたくなる空間に変えよう」と思い立ったものの、具体的にどこから手をつけていいかわからなくて、そこで空間作りのプロである伊藤さんへ相談したんです。
ー伊藤さんは最初に職員へのヒアリングを実施し、利用者さんには座談会を行いましたが、どのような点に留意しましたか。
伊藤:空間デザイン心理学®独自のメソッドを使ったヒアリングでは、職員の方の深層のニーズを引き出しました。
利用者さんへの座談会では、表層的な質問をしても表層的な答えしか出ません。例えば、「どんな空間だと居心地がいいですか?」と聞けば、多くの方が「カフェみたいな感じ」という、雰囲気やモノについての表層の答えを出します。ですから、さらなる質問によって「本当の思い」を話してもうらまで掘り下げていきました。聞き手として、あくまで深層のニーズを引き出すスタンスをくずさないように気をつけました。
ーみなさんの答えから共通点を出し、プランを立てました。各自からいろんな答えが出たと思いますが、それをどう抽出してプランまで導いたのでしょうか。
伊藤:ヒアリングをすると、実は職員の大元のニーズにずれがあまりなかったんです。職員は共通して「利用者さんが自発的に行動し、喜んでいただける空間にしたい」という答えを出しました。さらにその先の、深層のニーズまで踏み込むと、これも共通して「やりがいを感じ、自分がわくわくしたい」という答えが出て、みなさんが介護福祉の仕事に誇りを持っていることが感じられました。
利用者さんはヒアリングと座談会を通して、多くの方が「みんなで何かを楽しみたい」というニーズを持ち、「もっと活動的に過ごせる空間に整えていいのだな」という道筋が見えてきました。こうしたニーズを踏まえて、方向性は割とすんなりと出せました。
前田:できあがった方向性・プランを初めて見た時、私だけではなく、ほかのみんなのニーズも総合して作ったはずなのに、「自分が求めていた要素がすべて盛り込まれている!」と驚きました。実はみんな、空間に対して同じニーズを持っていたんだ、と感じましたね。
空間が変わって「自発的な行動を促すケア」が加速した
ー改装がスタートして、プロジェクトリーダーとしては施設職員へどんなことに気をつけて進めましたか。
前田:空間が変わるなかで、「環境の変化に合わせてケアの仕方や考え方も変えていく必要がある」と考えていたので、環境の変化に現場職員が戸惑わないよう、関水さんたちとよく擦り合わせをしました。
もともと施設では、「利用者さんができることを奪わない」ことを重視し、職員向けの自立支援研修などを行ってきましたが、改装が進むにつれ空間が明るくなり、動線が整うと、利用者さんがより自発的に動くようになって、職員の業務効率も気づけば向上していました。
これを実感した職員が自ら「空間」の使い方を意識し、活発に意見を出し合う様子が見られて驚いています。
伊藤:アフォーダンスやゾーニングなどを実施しましたが、これは利用者さんだけでなく、職員にも影響しているんですよね。棚が「利用者さん自身で物を管理する」仕掛けになってることは、実は職員にも「利用者さんの自発的な行動を促すケア」の意識づけにつながっています。これは言わば、職員の方にとって空間作りで得られた「小さな成功体験」だと思うんです。この体験が、職員のみなさん自身で「より良くしよう」という考えにつながったのではないかと思います。
ー職員からは、具体的にどのような提案が出たのでしょうか。
前田:一例を挙げると、食事の配膳を利用者さん自身で行ってもらう提案が出て、実際に実施しています。改装前は利用者さんが各自テーブルに着き、職員がみなさんの配膳・下膳を行っていましたが、動線が整ってからは利用者さんが交代で食事の取り分けを担当し、ほかのみなさんが自分で担当者のもとへ取りに行くようになりました。
伊藤:空間が変われば人の行動にも変化が現れるとわかっていましたが、施設のみなさんで「配膳」までアイデアを出したことに驚きました。職員のみなさんが前向きかつ柔軟に取り組まれていたからこそ、ここまで派生したのだと思います。
前田:これは「空間がケアのあり方にも作用する」と実感できた例でもあります。
実はこの配膳を始めたばかりの頃、何度か利用者さんの転倒のリスクが見受けられたんです。改装以前なら、職員は「この方にはリスクがあるから配膳は職員がやりましょう」と考えていたと思います。だけど今回は「この動線を変えたら、利用者さんの動きがもっとスムーズになるかも」という意見などが出ました。空間の改善に目を向けて、利用者さんの自立支援をサポートする意識が高まったことは、すごいなと思います。
ーまさにプロジェクトを通して、手応えが感じられた部分ということですね。
伊藤:空間を使う方々が「主役」なので、こちらで考えたプランの、その先の行動を施設のみなさんで実践している部分は手応えですね。おこがましいですが、そのためのベースはこちらで作ることができたのかなと、感じています。
前田:「ケアを良くする」には、考え方の啓蒙など、ソフト面に働きかける行為が必要となると思いますが、人によって介護観が異なるからなかなか難しいんですよね。でも、今回のプロジェクトで「環境から変える」、つまりハード面から働きかける方法もあるとわかりました。
また、外から見学に訪れる方からいい意味で「デイっぽくないね」と言ってもらえるようになったことにも手応えを感じています。
ープロジェクトを通して感じた課題と今後の展望を教えてください。
伊藤:課題として、職員の方の改装に対する「負担が大きいイメージ」を和らげるために、もっと事前の説明を行うなどの工夫ができたかもしれない、と見直しています。
また、職員のみなさんは利用者さんファーストの想いが強いけれど「職員自身も気持ちよく過ごせる空間」をもっと追求することが大事だと思います。職員の気持ちが満たされれば、良いサービスへ還元されると思うので、その仕組みを「空間作り」から、今後もサポートしていきたいと思います。
前田:私は先ほど話したように、空間を変えると行動も変わることが実感できたのですが、「環境を変えればすべてが動き出す」わけではないことも改めて感じています。
大事なのは環境の変化と共に、利用者さんが「自分で空間を選ぶ」行為を、職員がいかに引き出していくか、ということです。「利用者さんがどこでどのように過ごしたいか」、に合わせて柔軟に変化を加え続けられるよう、今後も意識するよう働きかけて、みんなでより良くしていきたいと思います。
介護福祉事業部全体で利用者さんと職員の双方を満たす「空間作り」を促進!
ー介護福祉事業部では「福祉施設の空間作り研修」も進めています。これについても教えてください。
前田:伊藤さんに講師を務めてもらい、2024年7月から部内でのオンライン研修を始めました。テーマを数回に分け、南本宿の実例を振り返りながら、福祉施設の空間づくりの重要性や、空間から受ける影響などを介護福祉施設の職員へ伝えています。
ー研修を受けた職員からの反響などはありますか。
前田:研修後にアンケ―トを取っていますが、2回目を終えた時点で、空間作りについての相談が増えました。「空間を変えたら、どうやら行動まで変わるみたいだ」と、少しずつ意識を向け始めた人が増えているようです。
相談内容は、「空間を変えることで、職員の満足度を上げてケアの質向上につなげたい。でも、どのように変えればいいかわからない」というようなものですね。
伊藤:逆に「アフォーダンスなどの言葉は知らなくても、自分たちで自然とそういうことを実施していたと気づいた」という内容を書いた施設もありましたよね。改めて自分たちの取り組みが意義のあることだと認識されてよかったと思います。
ーこの空間研修と並行し、伊藤さんたちが協力して空間作りを見直している特別養護老人ホームがあるそうですね。
前田:はい。関東の2施設でユニット空間づくりを進めています。伊藤さんたちによる空間解析や職員のヒアリングを終え、コンセプトを導いているところです。
伊藤:これまで携わらせてもらった空間プロジェクトの経験を生かして、利用者さんと職員の双方が居心地よく過ごすための空間作りをサポートしていきたいと思います。
グループでは、より良い「空間作り」をさらに進めていきます。 今後の展開についても、またお伝えする予定です。どうぞお楽しみに!
施設情報
〈平成デイサービスセンター南本宿〉
私たちはみんなが自分らしく生きられるよう、その人らしさを支え、誰もが”ここに通いたくなる”デイサービスを目指しています。そのために、利用者さんの『できる・やりたい』を尊重し、ご自身で選んでいただけるサービス提供を心がけています。それぞれが主体的に体を動かし、役割を持ち、遊び、寛ぎ、談笑できる、そんな居心地の良い空間・居場所づくりを行っています。私たちスタッフは、皆さんのご自宅・地域での生活をより豊かにできるよう、過度に手伝い過ぎず、いつもより”ちょっと頑張れる”ようにお手伝いします。