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【障がい者支援施設FAN】ものづくりでひらく一人ひとりの可能性(前編)

ものづくりを通じて一人ひとりの個性を発揮し、自分の可能性を広げて楽しく過ごせるように――。

そんな想いを込めて、平成医療福祉グループが運営する障がい者支援施設「FAN(ファン)」(大阪府大阪市淀川区)は2024年4月より利用者さんたちの作業内容と施設名をリニューアルしました。

今回、「FAN」がリニューアルした目的や、どのような取り組みを進めているのか、施設長やスタッフのインタビューを通し、前・後編に分けてくわしくご紹介します!

FANとは
「就労継続支援B型」と「生活介護」を提供する障がい福祉サービス事業所です。2023年4月に障がい者支援施設「PALETTE」(※)の 嶋岡 真人施設長が「FAN」施設長も兼任することとなり、2024年4月より施設名(旧名:海萌)と作業内容をリニューアルしました。

※PALETTEは、FANのすぐ横に位置する「ものづくり」に特化した施設です。


利用者さんに、より生き生きと活動してもらうためにリニューアル

「FAN」のリニューアル前は、利用者さんたちの作業は主に、就労継続支援B型で工場などの下請け作業を、生活介護では自立課題(※)などを行っていました。

嶋岡さんは、かねてより「もっと利用者さんの喜びや能力を引き出す支援をしたい」と考えていたため、FAN施設長就任を機に、作業内容を見直して利用者さんたちが好きなもの・興味があるものをベースにした「ものづくり」へと変更しました。

リニューアルについて、くわしい話を嶋岡さんに聞きました。

※最初から終わりまで一人で取り組めるように設定された活動(例:箱やカード、ピンポン玉などのツールを用いて、物を入れたり、分類させたり、マッチングさせるなどの作業)


FANとPALETTEの施設長を兼任する嶋岡さん。グループに所属する前は、アパレル業界や飲食業界などものづくりに精通する仕事をしていました。


ーFANの作業内容をリニューアルした経緯を教えてください。

嶋岡:まず、リニューアル前に利用者さんがどのような作業を行っていたかをお話すると、就労継続支援B型では、工場から受ける部品作りや、ラベルのシール貼り、袋詰め作業などを行っており、利用者さんはこれを何年も継続していました。
私はこうした作業を行う利用者さんたちを初めて見た時、正直なところ「生き生きと楽しんでいるようには見えない」と感じて、「この作業をずっと続けていいのかな?」と疑問に感じたんです。
私自身も、利用者さんと同じ作業を実際に体験してみたんですが、「ワクワクする」要素はほとんど感じられなくて……。改めて周りを見直してもやはり、義務で進めている感じの利用者さんの姿が目立ったし、職員が時間内に作業を完了できなかった利用者さんの仕事を、残業して行う姿も気になりました。
これならば思い切って「利用者さんが好きなことを発見したり、もともと持っている能力を伸ばしたり、職員も一緒になって取り組める❝ものづくりに特化した❞作業に変えよう」と考えたんです。

ー生活介護の利用者さんについても、同じ考えで「ものづくり」作業を進めるようにしたということでしょうか?

嶋岡:はい。生活介護の利用者さんは主に「自立課題」を行っていて、机に一人で座り、黙々と作業する姿を見てきました。その様子もやはり「生き生きしてる」感じではなかったし、「明確なゴール」に向かう作業ではないように思えたんですね。なので、就労継続支援B型と同様に「もっとやりがいのある、楽しめる作業」に変えようと思いました。
利用者さんたちのほとんどは、成人前に療育(※)を受けており、そのプログラムのなかで絵を描いた経験を持つ人がほとんどだったので、絵画制作にスッと入れる方が多かったんです。
もちろん、これまでの軽作業のほうが「自分に合っている」という一部の利用者さんもいるので、その方には以前の作業を継続してもらっています。

※障がいがある方、もしくは発達に課題がある子どもの発達を促し、自立した社会生活を目指すための、特性に応じた、福祉的・心理的・教育的、および医療的な援助のこと。

ー作業内容のリニューアルとともに、施設名も「FAN」へ変更しましたが、新施設名に込めた想いを教えてください。

嶋岡:これは、自分のなかで掲げている福祉のテーマでもあり、グループミッションの「じぶんを生きる を みんなのものに」にも通じます。
やはり利用者さんが「自分らしく、楽しく生きる」ことが何より大事だと思っているんですが、どうしてもまだ社会的に障がいがある方が「やりたいことを諦める」ような場面が多いです。でも、個人的にはどんな人でも「好きなこと、やりたいこと」を諦めてほしくないし、好きなことに挑戦して人生を楽しんでほしいと思っています。だから施設名にもそのテーマを反映しました。
「FAN」から始まる言葉って、「fantastic」とか「fantasy」とか、ワクワクする言葉が多いですよね。それに「扇風機」=風通しの意味もあるので、「いつわりのない自分でいられる風通しのいい場所」という意味も含ませました。また、「ファン」の呼び方に「fun」も連想されるので、純粋に「楽しい」という意味も込めています。


ロゴデザインには、FANとFUNが掛け合わされています。


ー嶋岡さんは、すぐ隣の「PALETTE」の施設長でもあり、そこでも「ものづくり」に特化した活動を行っていますが、この二つの施設に違いはあるんでしょうか。

嶋岡:どちらも「ものづくり」に特化していますが、最初は二つの施設のコンセプトをきちんと分けようと思っていました。でも突き詰めて考えると「好きなことを楽しんで、個性を発揮する」という大元の考えは同じなんですよね。
それに、コンセプトを分けることは結局こちらのエゴでしかありません。大事なのは利用者さんの「やりたい」という気持ちをものづくりで後押しすることです。だから作業内容に多少違いがあるだけで、この二つの施設は姉妹施設みたいな感じです。

ー「FAN」と「PALETTE」の作業にはどのような違いがあるのでしょうか。

嶋岡:PALETTEでは利用者さんが描いた絵画をプロダクトなどへ印刷する際、利用者さん自身でシルクスクリーンを用いて印刷作業を行っていますが、FANでは「ガーメントプリンター」という最新のプリンターを用いて、衣類に直接インクを塗布して印刷しています。だから印刷についてはPALETTEがアナログで、FANは効率の良い作業を行っている、などの違いがあります。
また、生活介護ではPALETTEは主に陶芸を行っていますが、FANでは特に何かを決めてやるのではなく絵画や音楽など、より自由な創作活動を行っています。
現在、PALETTEとFANの工房の数を合わせると、7工房(印刷〈2〉、陶芸、菓子、パン、FAN生活介護〈2フロア〉)もあるので、二つの施設の活動を併用する利用者さんもいるんですよ。

ー利用者さんは工房(フロア)が自由に選べるんですね。

嶋岡:はい。利用者さんが「やってみたい」と言ったら、まず体験してもらうようにして、柔軟な受け入れを行っています。併用例として、PALETTEでは菓子工房で活動し、FANでは最新機器を作って印刷作業を行う人や、PALETTEで絵本を制作して、FANではパンを作る人などがいらっしゃいます。

PALETTEの印刷工房で利用者さんがシルクスクリーンを行う様子。
FANで導入しているガーメントプリンター。専用のソフトに画像データを載せて機械に読み込ませるだけで、布類へ印刷できます。とても簡単にオリジナルグッズを作成できて生産性も高く、施設内で商品作りが完結します。


それではここから、リニューアルされたFANの活動を、フロアごとにくわしく紹介します!

~FANの活動紹介~

就労継続支援B型:プロダクションフロア

絵画などの制作を行い、作品を印刷してオリジナルグッズや受注品の生産・梱包を行っています。印刷はガーメントプリンターを用い、Tシャツやバッグ、帽子、靴下などのオリジナルグッズを、職員がサポートしながら利用者さんご自身で制作しています。

それぞれが自分で描きたいものを決め、熱中して取り組んでいます。
染色も行っています!

ガーメントプリンターは「利用者さんが描いた絵を、とにかく形にしたかった」ので備えたという嶋岡さん。FANでは、印刷の知識を持つ職員がいなかったものの、嶋岡さんが現場職員へレクチャーすると、現場職員自身でアイデアを出し、利用者さんが使いやすいようガイドを作ったり、利用者さんと一緒にどんなプロダクトを作るか積極的に考えたりするようになったそうです。

また、ものづくりは利用者さんへうれしい変化をもたらしています。例えば、手が震える症状のある利用者さんは、絵を描く時にも震えるため、制作自体を嫌がっていましたが、職員が利用者さんの作品に対して感想を伝えるうちに興味を持つようになったとのこと。そうして描いた絵がグループ病院で開催されるイベントのグッズに採用されると、それが「自信」となって積極的に絵を描くようになり、今では「こういう絵を描きたい」と自分から職員へ伝えるようになったそうです。

利用者さんが描いた絵を印刷したプロダクトの一部。(染色が施されている作品もあります!)個性が光る、素敵なものばかりです。少しずつ作品の商品化を進めています。


就労継続支援B型:キッチンフロア

キッチンではリニューアル以前から本格的なパン作りを行い、グループの各施設へ卸すほか、地域でも販売していました。

リニューアルした今は、利用者さんのアイデアを取り入れたメニューを開発中です。

嶋岡さんは、障がいがある方が作る食品が低価格で販売されている例が多いことについて、「その仕組みはおかしいと思う」と考えています。

FANのキッチンフロアでは今、見た目も味も工夫を凝らしたメニューの試作を重ねて奮闘しているところです。利用者さんたちが持つ豊かな発想を生かして、質の高い商品を作り出し、その価値に見合った価格をつけて販売することを目指しています。そして、キッチンカーで出店するというユニークな計画も進めています!


生活介護:クリエーションフロア(2フロア)

クリエーションフロアでは、絵画制作や園芸、楽器演奏など自由な創作活動を行っています。

以前、生活介護では各々が個別の机に座って自立課題を行っていましたが、リニューアル後は席をオープンにし、利用者さん同士が誰かと向かい合って座り、好きなことをそれぞれが自由に行えるようにしました(個別席を好む方には個別席を使用しています)。

嶋岡さんは、「押しつけられたり強制されたりしてやる作業は、何もいいものを生まない」と考えているので、活動は「利用者さんがやりたいことだけをやればいい」としています。

そのため、寝たい人は寝ていいし、テレビを見たければ、見てもらっているとのこと。フロア内で、制作に興味を持つ機会を用意したり、必要に応じて制作を促したりすることは職員が進めているので、それをきっかけに「好きなことが生まれたらいい」としています。

写真の利用者さんは身近にあるチラシや新聞などの写真を切り抜き、貼り合わせて、さまざまなコラージュ作品を制作しています。壁にも自由に作品を貼り、フロアの中に自分のアトリエ空間を作り出しています。
クリエーションフロアの壁の一部。利用者さんが壁に直接、自由に絵を描いています。嶋岡さんは「フロアの壁一面を、このままみなさんの絵で埋めつくしていったら、おもしろいと思っています」と、楽しそうに話していました。

さらに、利用者さんが日々描く絵などは膨大な数になり、「どう保管するか」という課題が出てきましたが、これを「ZINE(ジン)」(※)という形で作品にして世に出すことも始めました。

※個人や小規模のグループが自由な手法、テーマで制作した冊子。

利用者さんが制作したZINE。
イベントでの販売の様子。

本来、ZINEは印刷物が一般的ですが、FANでは原画をそのまま使用しています。原画は利用者さん自身で選んで、切ったり貼ったり自由にレイアウトし、自分で制作したバッジも入れるなど、職員と協力して制作の仕上げまで関わります。

嶋岡さんは、原画を使用することで「利用者さんの日々の活動の証や制作中の空気感も伝えることができる」と考えています。

自分の作品に楽しそうに向き合う利用者さんの姿が多く見られます。

2フロアあるクリエーションフロアの一つのフロアでは、音楽好きな利用者さんたちが自分で楽器を制作し、自由に演奏することも楽しんでいます。もともと、利用者さんは音楽好きな人が多く、各々日頃からポータブルプレーヤーなどで音楽を聴きながら物をたたいてリズムを取っていたとのこと。その様子を見て、嶋岡さんは「パーカッションがあるといい!」と思いつき、さらに「自分たちで作ったほうが楽しそう」と考えて楽器作りを始めたそうです。

今後は施設外での音楽活動も考えており、「曲はその場で即興で作り、みんなで自由に演奏を楽しむ」という計画も立てられています。

利用者さん自作の楽器。色彩豊かで、楽器の見た目から楽しさが伝わってきます!

さらにベランダでは園芸活動も行っています。取材時は収穫を終えたばかりで、次の野菜を植えるために畑が耕されている状態でしたが、ここで、サツマイモやタマネギ、バジル、ハラペーニョ、レモングラスなどたくさんの野菜や植物が育てられています。

利用者さんたちが制作した畑の看板。

園芸は利用者さんたちが植えたいものを自分たちで決め、自らの手で育て上げます。収穫後は、食べたり鑑賞用になったりするだけでなく、この施設内の作業に生かされます。
タマネギの皮は染色用に使ったり、野菜類は1階のキッチンフロアの食品に使われ、「自分たちが作ったものが、社会の循環の一部になっていく」仕組みが、施設内に整っています。


ものづくりで広がる利用者さんと職員の笑顔


各フロアで利用者さんと職員が一緒になって多彩な活動を行うFANですが、リニューアル当初は、職員にも利用者さんにも戸惑いが感じられたのだそうです。

例えばクリエーションフロアでは、自立課題から創作活動へ変えることに対して「利用者さんたちには難しい」という声が現場職員から挙がりました。また、個別席をやめることに対しても「オープンな席は利用者さんにとって刺激が多すぎるので、難しい」という不安の声も挙がったとのこと。

しかし、反対意見を持っていた職員も、いざリニューアルしてみたら、利用者さんたちが楽しんで絵を描き、以前よりも生き生きとした表情を見せるようになり、「次第に考えが変わっていったように思う」。と嶋岡さんは次のように話しました。

「どの職員も、根元に利用者さんたちへ『より自分らしく過ごしてほしい』という強い想いを持っています。だから、利用者さんがものづくりを介して楽しそうに過ごす姿を見て、反対意見を出していた職員のほうから、むしろ『もっと変えていこう』と行動を起こすようになりました。そうした様子を見て、福祉の仕事に携わるみんなは、本当に利用者さんが喜ぶ姿が見たいと思って支援してるんだなと改めて実感しています。
私自身、リニューアルして、以前より利用者さんが生き生きと過ごす姿が見られるようになったことが一番うれしいですし、職員もより、一人ひとりに向き合った支援ができるようになったんじゃないかと感じているところです」

後編では、「ものづくり」を通して利用者さんと関わる現場職員のインタビューや、FANが初めて利用者さんの商品をイベントで販売した様子などについて、くわしくお伝えします!

後編はこちら!