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HMW大学セミナーレポート♯6「精神科病院建替えプロジェクトの歩みと 病院と地域が目指す新たなケアの形」

平成医療福祉グループは主に職員の視野の拡大を目的とし、オンラインセミナー「HMW大学」を開催しています。今回は2024年10月25日(金)に開催された、第6回目のセミナーレポートをお届けします!

「HMW大学」とは?
平成医療福祉グループでは、医療福祉の優れた専門職になるためには、専門領域にとどまらず社会全体を見据え、見識を広げることが重要だと考えています。
そのため、医療福祉分野以外にもさまざまな分野で活躍する専門家をグループ内外から招き、今後の業務における意識改革につなげるための学びの場としてオンラインセミナー「HMW大学」を始めました。
このオンラインセミナーは、グループ職員のみならず、誰でも無料で参加できます。

今回のセミナーは、平成医療福祉グループが運営する精神科病院「大内病院」(東京都足立区)からお届けしました。


大内病院について
入院から在宅支援まで、患者さんを地域で支える機能を備えた精神科病院です。

築約70年の歴史を持つ大内病院は、「建て替えプロジェクト」を実施し、2024年7月に新病院が完成しました。ここで、日本の精神医療が抱える大きな課題の解決を目指す取り組みを進めています。

現在、日本の精神医療は精神科病床数の突出した多さと、地域で患者を支える資源の不足によって長期入院に至る構造となっています。これを解消するために、大内病院では「自分の暮らしに戻るための入院医療」と「生き心地の良い地域づくり」を両軸に、病院も含めた地域で支える「精神ケア」の実践を行っています。

セミナーでは、建て替えを経た新たな病院の姿と共にグループが目指す精神医療の在り方について、大内病院の現場で活躍する職員が講師となり、伝えました。


セミナーレポート第6回

2024年10月25日(金)開催
話し手①:谷 将之(院長/医師)
話し手②:保谷 直宏(看護部 部長)
話し手③:飯島 直孝(リハビリテーション部 部長)
話し手④:岡 師明(事務長)
モデレーター:田村 大輔 (平成医療福祉グループ 統括医療事業部長)


建て替えと並行して「大内病院改革プロジェクト」がスタート

セミナーは病院建て替えの経緯と、工事中の様子の説明からスタート。老朽化に伴い、建て替えを実施した大内病院ですが、「建て替えプロジェクト」の構想は10年前に始まりました。時間をかけて計画を練り、2021年4月に着工、2024年7月に新病院が完成。現在は外構工事が進められており、すべてが完了するのは2025年8月を予定しています。

モデレーターを務めた田村さん。

工事は病院を稼働させながら同じ敷地内で3期に分けて進められました。事務長の岡さんは、「同じ敷地内での建て替えだったため、部分的な使用制限が頻繁に生じ、都度業務に影響が出ないようオペレーションしたり、引っ越しの計画を細かく立てたりと、苦労しました」と話しました。また、看護部部長の保谷さんや理学療法士の飯島さんは、エレベーターが使えない場所が生じたり、敷地内での移動距離が広がったりするなかで業務に携わり、「当時の忙しさが記憶に残らないほど、大変な時期だった」と述べ、それでも、大内病院職員たちがみんな協力的だったため「この状況を乗り切れた」と伝えました。

事務長の岡さん。

建て替えにあたり、より良い精神医療を目指すため、大内病院は新コンセプトの策定にも取りかかりました。新病院完成の約1年前にグループの各部門から主要メンバーが集結し、「大内病院改革プロジェクト」がスタート。「理想の精神科病院とはどんな病院か」「 どんな病院にしていきたいか」時間をかけて具体的に話し合い、言語化させることから始めました。

看護部部長の保谷さん。
リハビリテーション部部長の飯島さん。


患者さんに寄り添い、地域とともに歩む大内病院の新たな指針

コンセプト策定に伴い、病院職員に大きな影響を与えたのはチームビルディングを目的とした2泊3日の合宿でした。合宿では参加者それぞれが自己紹介をし、グループワークで精神科病院の理想について話し合い、院長の谷さんからは参加者へ、精神科医療の歴史や背景について説明があり、改めて勉強する機会が設けられました。岡さんは「この合宿のおかげで、職員同士が互いをよく知ることができ、以前より日ごろの業務でのコミュニケーションが、円滑に図りやすくなった」と述べ、コンセプト策定だけではなく、「人間関係の構築にも影響を与えた良い時間が過ごせた」と話しました。


グループが持つ合宿施設で行った合宿の様子がスライドで紹介されました。

こうしてみんなの考えを集約し言語化され、「自分の暮らしに戻るための入院医療」と「生き心地のよい地域づくり」を両軸とし、以下の「5つの柱」が病院の指針として掲げられました。

1.いつでも、どんなときでも、誰にでも対応できる医療体制を作る
2.安心して院内で過ごせるストレスのない院内環境を作る
3.リカバリーをともに歩む
4.診療とケアの質を向上させる
5.地域での暮らしを支える

5つの柱について、谷さんは「まず、精神科病院に入院する患者さんの心の状態とはどういうものか、みなさんに一度想像してもらわないといけないと思う」と述べ、その例を挙げました。

例えば職場でストレスを受けた場合、ストレスを数日で消化できる人がいる一方で、心が「津波」に襲われたように何もかも流されるような深刻な状態に陥ってしまい、数カ月間入院が必要な人もいます。

精神科病院は、こうした方々を手助けする役割を担いますが、患者さんを深刻な状況から引き上げても、かつては社会に戻る場所がなく、病院の中で暮らす以外に選択肢がなかったという歴史的背景があることも伝えました。

谷さんは、そのような状況をなくすために大内病院では5つの柱を作ったと話し、それぞれについて補足説明を行いました。そのなかで、精神科特有の「リカバリー」の考え方にも言及。患者さんが完璧な「100点満点の人生」を目指す必要はなく、「40点や60点でもその人が満足して幸せに生きる」ことを重視し、精神科職員は、そのプロセスに寄り添う姿勢が大事だと強調しました。

また、精神科病院に仮に1年間入院した場合、退院後の生活を再構築するのは簡単ではないことを説明。「仕事を辞め、住まいを手放し、家族との距離が生まれることもあるような状況で、再び生活を立て直すのは、病気でなくても大変」と述べました。だからこそ、精神科医療では、退院後の生活を支える支援が重要であり、一人ひとりの状況に合わせた個別的なサポートを提供し、「患者が新しい一歩を踏み出せるよう支援していく必要がある」と伝えました。


個別性を重視した精神ケアの実践が重要

5つの柱について、看護の視点から「個別性を大事にする」「制限を最小限にする」ことが重要だと保谷さんが伝えました。

例えば、携帯電話の管理について、患者さん全員に一律の制限を課すのではなく、それぞれの状況やリスクに応じて対応する必要があります。
以前は、SNSに投稿するリスクを懸念して患者さん全員に携帯電話の所持を制限していました。しかし、ほとんどの患者さんはルールを守って利用できるため、「全員を一括りにするのではなく、個々の状況を丁寧に見極めることが大切」と述べました。
また、制限をかけるのではなく、リスクに対する柔軟な対策を検討することも重要だと話しました。例えば、携帯電話の使用場所を工夫するなど、患者の自主性を尊重しつつリスクを回避する方法を考えることが、「ケアの質向上やストレスの少ない環境作りにつながる」と話しました。

この個別性の課題について、リハビリテーションの観点から飯島さんが言及しました。

ほとんどの精神科病院では集団で行うリハビリテーションが主流であり、個別性を重視した支援が十分に行えていない現状があります。集団療法では「レクリエーションや心理教育といったプログラムは提供されているものの、患者一人ひとりに合わせた介入が難しい」と述べました。
その背景には制度上の課題があるものの、「患者のニーズに合った支援の提供を進めていかなければいけない」と話し、取り組みを進めていく旨を語りました。


患者さんも職員も居心地よく過ごせる新病院へ

続いて、新病院の建物の特徴が紹介されました。6階建ての新病院のデザインについては、岡さんが「病院らしさを抑え、親しみを感じる建物を目指して❝家❞をモチーフにした外観とし、温かなレンガ色を採用した」と説明しました。

外壁のレンガ色は、緑に恵まれた足立区になじみやすい色でもあります。

また、院内環境にも患者さんが心地よく過ごせるよう細やかな配慮がなされています。例えば、病室には「病院らしさを感じさせない」空間となるよう市販のベッドを採用。また、多床室でもプライバシーが保たれるよう、間仕切りに壁を採用するなど、患者さんが退院後の生活の感覚を取り戻しやすい工夫を随所に施しました。

入院患者さんのなかには、新病院の環境に初めは戸惑う方もいたそうですが、今は快適に過ごされ、おおむね好評なのだそうです。
長い廊下にはショーウインドウを設置し、ミニギャラリーが出現。グループが運営する障がい者支援施設「PALETTE」の作品を飾っています。今後は患者さんが制作した作品などの展示も検討されています。
トレーニングジムのような雰囲気のリハビリエリア。職員が患者さんに個別でつき、運動療法を提供しています。

屋上には全面に芝生を敷いた庭園が広がり、患者さんと職員が話をしたり、一緒に運動したり、ゴロンとなって伸び伸びと過ごしたりと、自由に活用されています。

開放的な屋上庭園。無為自閉で動くことがなかった患者さんも「屋上に行きたい」と思われるようになり、職員と一緒に屋上まで移動して、心地よく過ごしたのだそうです。

また、6階には職員の休憩空間も用意されました。誰でも気軽に利用できる空間を目指し、一般的なテーブル配置ではなく、カフェのような高さのあるカウンターと椅子を設置。

6階の休憩空間。隣に人がいても気兼ねなく休憩できる設計となっています。また、書籍を置き、休憩中に読書や学びの時間を持てる工夫もしています。セミナーはこの場所で配信しました。

スタッフルームは、職種間の壁をなくし、フラットな関係性を築くために一つの広い空間に統合しました。医局、看護部、リハビリ、総務など全職種が同じスペースで働くことで、コミュニケーションの円滑化を図っています。制服もポロシャツを採用して全職員で統一し、4色を揃えて気軽に選べる仕組みを導入。これにより、垣根のない職場環境を目指します。

「この制服です」とみんなでアピール!


より良い精神医療のために新たな取り組みを進める

そして現在、新しくなった院内では、新たな取り組みを実践しています。看護部からは保谷さんが「認知症専門病棟での身体的拘束ゼロ」や個別性のあるケア実現のための「看護提供方式の刷新」について話しました。

身体的拘束ゼロの取り組みについては、こちらの記事をご覧ください

保谷さんは以下のように述べました。「建て替えにより、職員と患者さん双方の動線が改善されたり、センサーマットを導入したり、リハビリスタッフの協力も得て、身体的拘束ゼロを実現しました。これは新たな一歩ですが、さらにケアの質を向上させたいと思います」。

リハビリについては、飯島さんが先述の「個別性の不足」に言及し、「身体的な個別の関わり合いを根強く定着させていき、一人ひとりに❝オーダーメイド❞できるようなリハビリの提供体制を整えていきたい」と話しました。

最後に、今後の展望について4名それぞれが語り、「大内病院の取り組みが精神科医療の新たなモデルとなるよう、地道に努力を続けたい」という旨や「まだまだ課題は多いが、変化を止めずに進化を続けたい」という抱負などが述べられました。

セミナー終盤には視聴者からの質問にそれぞれが回答しました。

大内病院の取り組みは、こちらから随時更新中。ぜひ、ご覧ください!


HMW大学は次回、「”食べる”にとことん向き合う」地域密着型コミュニティスペース「カムカムスワロー」の取り組みを予定しています。
近石病院(岐阜県岐阜市)では「チーム医療で”食べる”にとことん向き合う」をコンセプトに、入院中だけでなく、退院後も在宅や施設へ訪問し、診療を継続できるように取り組んでおり、その一環として「カムカムスワロー」が設立されました。
近石病院に隣接され、医療の相談窓口「認定栄養ケアステーションちかいし」をはじめ、カフェ、シェアキッチン、イベント会場としても利用できる地域密着型のコミュニティスペースにHMWスタッフがお邪魔して、カムカムスワローの「食」を通した地域のコミュニティスペースとしてのさまざまな取り組み、そして、地域における病院・医療の在り方についてお話を伺います。

ご興味のある方はぜひ、ご参加ください!

日時:2024年12月06日(金)18:15開室 18:30開始 19:30終了
形式:オンライン配信   
参加費:無料
お申し込み:平成医療福祉グループpeatix
※配信URLはお申し込み後お知らせします。