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【空間プロジェクト】利用者さんと職員の双方が心地よく過ごせるデイサービス空間作り‐Vol.2「みんなの庭」(前編)‐

平成医療福祉グループでは、ミッション「じぶんを生きる を みんなのものに」を掲げています。ミッションを実現するための行動指針(アクション)の一つに「個人の意思とその人らしさを尊重する」(※)があります。今回、この指針に沿う「空間プロジェクト」の取り組み第2弾をご紹介します。

「空間プロジェクト」をスタートしたのは、当グループが運営する、介護老人福祉施設「ヴィラ南本宿」に併設する「平成デイサービスセンター南本宿」(神奈川県横浜市旭区)。プロジェクトの目的は、利用者さんの心が満たされ、職員が気持ちよく働ける、理想のデイサービス空間作りです。

その一環として実施した裏庭の改装について、プロジェクトメンバーのインタビューを交えてご紹介します。

※:グループサイト参照

空間プロジェクトVol.1はこちらからご覧ください


プロジェクトのこれまでの経緯と「みんなの庭づくり」概要

空間プロジェクトのリーダーを務めるのは、介護福祉事業部 通所部門管理者の前田 浩太郎さん(理学療法士)です。前田さんは、空間・環境におけるQOL(※)向上を推進するにあたり、「既存の空間を見直して改善策を立てるためには、建築のプロフェッショナルな視点を取り入れる必要がある」と考え、このプロジェクトの主旨に共感し、協力してくれる建築のプロフェッショナルチームを探しました。

そこで出会ったのが、地域との関わりが深い建築設計事務所「nata studio(ナタスタジオ)」と、高齢者福祉施設の内装経験を多く持つ建築士が所属する「幸せ空間プロデュースチーム」です。二つの専門家チームと前田さんたち職員でタッグを組み、2023年春よりプロジェクトを進めています。

プロジェクトは、まず幸せ空間プロデュースチームが利用者さんや職員が空間に求める潜在的なニーズを引き出すことからスタートし、それらのニーズを基に改装プランを作成しました。そこにnata studioの「場づくり」の提案を組み込み、協働して段階的な改装を行っています。

今回はnata studioが手がけた場づくりの一つ、裏庭を改装して作った「みんなの庭づくり」にフォーカスし、完成までの様子などをお伝えします。

※Quality of Lifeの総称であり、「生活の質」「人生の質」を示す。その人の生活や人生がどれだけ豊かで自分らしくあるかを測る、指標となる概念。

nata studioプロフィール
長岡 稜太さんと武部 大夢さんが共同で主宰する建築設計事務所。横浜市と栃木県の2拠点で活動中。風土を発見し育む空間や場づくりを大切にしています。現在は、集合住宅、福祉施設、まちづくりといった異なるスケールのプロジェクトを進行中。

*vol.1の記事では「栖の工房」のメンバーとして参加しましたが、空間プロジェクト進行中に二人が独立し、「nata studio」として、プロジェクトをそのまま継続しています。

【みんなの庭づくり概要】

nata studioが作成した「みんなの庭」完成のイメージ図。
nata studioが作成した「みんなの庭」建築模型。

コンセプト:地域と支え合うデイサービス
nata studioは、介護老人福祉施設が一般的に持つ、「介護サービスの効率やセキュリティーを講じる必要性から、閉ざされた空間になりがちだ」という課題に着目しました。施設と地域の間に存在するフェンスなどの境界線は、地域との隔たりを生むだけではなく、施設内で過ごす職員と利用者さんとの関係性にも影響を与えかねません。物理的・役割的に制約のある空間内においては、利用者さんと職員は「介護する・される」という一つの関係性になりがちですが、本来、人と人の間には無数の豊かな関係が存在し、それが生きる喜びにもつながっています。そこで、より豊かな関係性を育むために、閉ざされた空間を地域にひらくことを提案しました。
「地域と支え合うデイサービス」というコンセプトの下に、「利用者さん・職員・地域の人」という属性にとらわれず、みんなが同じ地域の一員として支え合える施設となることを目指します。

作業はみんなで
nata studioと前田さんを中心としたプロジェクトメンバーだけではなく、利用者さん・職員・地域の方にもできる範囲で作業に関わってもらいました。その目的は、少しでも工事に参加することで、みなさんにこの場所へ愛着を感じてもらい、足を運びやすくなる場にしていくためです。さらに新たなメンバーとして、庭作りのプロフェッショナル、「作庭処安藤」の安藤 彰矩さん(庭師)が加わりました。作業は、nata studioの設計をベースに、安藤さんの指導を受けながらみんなで実施しました。

改装内容
既存の状態を生かしながらも、みんなの憩いの場となる広場を作り出し、全体を整備しました。それらの作業を進めながら、施設と接する公道との間に張りめぐらせたフェンスを少しずつ撤去。完成後、裏庭には「みんなの庭」という名前がつけられました。

作庭処安藤 プロフィール
主に外構部(屋外)の空間設計・施工を行う造園業として活動。神奈川県、東京、埼玉(南部)を活動範囲とし、造園工事だけではなく、古い庭や空き家の手入れをし、それを美しい庭へ蘇らせることを喜びとしています。既存のものや自生する植物を整えることも、本当の庭作りだと考えています。


プロジェクトメンバーインタビュー

裏庭の改装工事は2023年秋にスタートし、約1カ月半をかけて「みんなの庭」が完成しました。工事現場という空間のなかで、プロジェクトメンバー、利用者さん、地域の人たちとの間にはさまざまな交流が育まれ、互いに影響を与え合ったそうです。

ここからは、改装工事の詳細をプロジェクトメンバーのインタビューを通して、ご紹介します。

インタビューに答えてくれた、みんなの庭づくりプロジェクトメンバー。左から長岡さん(nata studio)、前田さん、安藤さん、武部さん(nata studio)。

ー コンセプト「地域と支え合うデイサービス」を提案したくわしい経緯と「地域にひらく」ことの考え方について教えてください。

武部(nata studio):このコンセプトの出発点には、「利用者さんと職員がもつ属性を解きたい」という想いがありました。
こう想ったのは、プロジェクトに参加することになって、職員や利用者さんと接するうちに、お一人おひとりの個性がよくわかるようになり、「職員」や「利用者」という属性だけでその方を見るのはもったいないな、と気づいたからです。職業や役割などから、「この人はこうだ」と捉える固定観念は、私をはじめ多くの人がもっていると思いますが、そこにとらわれると目の前の人の本当の魅力を逃しがちだし、お互いの関係性も乏しくなると思いました。それならば、みなさんの役割などの属性を解いて、もっと豊かな関係性を築けるような空間を作り出せないだろうか、と考えるようになったんです。
さらに、前田さんとの会話のなかで介護福祉施設は「地域に貢献する」役割も担っているのだと教わり、職員も利用者さんも「同じ地域の一員だ」と、改めて気づきました。地域の人たちは、自由な関係性を築き、みんなで支え合い成り立っていますよね。この「地域と支え合う」考えを軸にすれば、役割などの属性を超える可能性が高まると思いました。そのための場づくりをやっていこうと、「地域と支え合うデイサービス」をコンセプトに据えました。

長岡(nata studio):地域と支え合っていくには、まずこちら(施設側)から地域にひらいていくことが大事です。そのひらき方として、ハード面もソフト面もどちらからもアプローチしていこう、と計画を立て始めました。まずは、庭のハード面から地域にひらいていこう、ということになったんです。

改装工事序盤のプロジェクトメンバーの様子。土壌から整えています。

ー 地域に庭をひらくために、フェンスを取り外しましたよね。これは勇気のいる作業だったのではないでしょうか。

前田:実は、最初の考えではフェンスは「一部だけ外す」ことを検討していました。現場で働く職員にとってはセキュリティーの観点から不安が生じるでしょうし、利用者さんたちも、これまでとは異なる状況に戸惑うかもしれない、という懸念があったため、少し外すくらいであれば受け入れてもらえるかなと思っていたんです。
ですが、この考えをグループ代表に相談したところ、「地域にひらく」をしっかりやるために、「いっそフェンスを全部取り払ってみてはどうか」という助言をもらって、その結論に至りました。

長岡:私たちは、全部取り外していいのならば、そうしたいと思っていたので、うれしかったですね。

武部:それでもやはり、現場の方々にとって、ある日いきなりフェンスがなくなる状態は多少ショッキングだろうと思われたので、プロジェクトメンバーで話し合って、少しずつ外していこう、ということになりました。

前田:現場職員にはこの空間プロジェクトの理念をしっかり伝えていき、フェンスがなくなる利点として、施設が外から見えやすくなるぶん、地域からの「見守り」が生まれることも話していきました。当初、職員のみんなはプロジェクトを前向きにとらえてはいたものの、不安を感じている様子も見受けられました。ですが、プロジェクトを進めるうちに楽しそうに参加される利用者さんの姿を見て、みんなの認識が変わっていったんです。そうして同意を得ながら徐々にフェンスを外していきました。

長岡:みなさんと対話しながら、心理的な変化に合わせて、外していきましたね。

公道から見た、改装工事前の施設裏庭の様子。裏庭は坂(公道)と接しており、その間にアルミのグリッドフェンスが張られていました。


フェンスを外すと、みんなの心のフェンスも外れていった


ー 庭師の安藤さんは、メンバーのなかでも改装工事現場で過ごす時間が一番長かったようですが、フェンスが外されていく工程で、周りの変化をどのように感じていましたか。

安藤:私は今回「施設を地域にひらいていきたい」という前田さんとnata studioの想いに共感して、プロジェクトに参加しました。そのため、地域にひらいていくからには、工事現場にいる時間が長い私が、地域の方へ「自らの心をひらいてあいさつしていかなければいけない」と思い、当初はプレッシャーを感じてもいました。
工事の序盤は、通行人の方から好奇の目で見られることもありました。ですが、こちらから声をかけて、工事に際しての騒音のお詫びなどを伝えると、多くの方が次第に好意的にあいさつしてくれるようになったんです。
そんななかで、前田さんたちと、まず実験的にフェンスを2枚だけ外してみました。

フェンスを一部だけ取り払った様子。

そうすると、たった2枚だけなのに視界が広がり、驚くほどの開放感が得られたんです。これは、自分の気持ちにも大きな影響を与え、フェンスがわずかになくなるだけで、通行人の方に気楽にあいさつできるようになりました。さらに地域の方も、向こうからこちらに声をかけてくれるようになったんです。こうなると、交流することに居心地の良さが感じられるようになってきて(笑)。工事終盤には、通行する8割近くの方と顔見知りになりました。
これで気づいたのは、フェンスは物理的な境界になっていたけれども、心理的な境界にもなっていた、ということです。フェンスが取り払われる枚数が増えるたびに、フレンドリーになっていく周りの方の様子を見て、「心のフェンスも外れていっているんだな」と実感しました。


「危ない」より「やりたい」を尊重する
庭づくりを通して気づかされた「決めつけない」ことの大切さ


ー 利用者さんや職員たちと一緒に手を動かして改装したことも大きなポイントですね。作業の様子や印象に残ったことなどを教えてください。

前田:利用者さんの改装工事への参加は強制ではなく、興味を持たれた方に、無理のない範囲で行ってもらいました。参加する方の身体的な状態も考慮して、安藤さんが軽作業を利用者さんに教えながら、職員が必要に応じて手助けをして作業しました。
ここのデイではもともと畑活動が盛んなので、庭へ日常的に足を運ぶ方が多いんですが、今回は普段庭に出られない方も、nata studioと安藤さんが作業する姿に興味を持って、庭へ出るケースが見られました。
最初は、職員が利用者さんへ工事への参加をそれとなく促していましたが、工事が進むと利用者さんが自ら足を運んで作業するようになりました。なかには通所前に農業や建設関係の仕事に就いていた方もいらっしゃって、その方々は専門的な目をもって参加されていました。また、作業経験がまったくない方も初挑戦を楽しまれて、活気のある現場になっていましたね。

プロジェクトメンバーや職員とともに庭のベンチづくりに励む、利用者さんの様子。
ブロックにセメントを流し込んで、ならしていく作業の様子。

安藤:工事現場では、利用者さんや職員とたくさんの交流があり、私もnata studioも、工事を終えてみたら、みなさんの名前をほとんど覚えるほどの関係になっていました。
私は利用者さんに作業を教える役割も担っていたのですが、実際には私が学ぶことが多かったんです。たとえば、電動工具の丸のこぎりを使う作業に興味をもたれた女性の利用者さんがいらして、私は危険だから「触らせないほうがいいのではないか」と思っていました。しかし、前田さんたち職員の考え方では、「危ないからさせない」ではなく、その方の「やりたい」という主体性を尊重していました。実際につき添いの職員と一緒に利用者さんが丸のこぎりを使う姿を見守りましたが、「こんなに楽しそうに作業されるのか」と、軽い衝撃を受けました。自分のなかに「危険なことは高齢者にさせないほうがいい」とか「女性の高齢者は、こうした危険な道具を使いたがらないだろう」という勝手な思い込みがあったので、「決めつけてはいけないな」と、自分の考えを改めました。
大きな剪定バサミを使用して、もくもくと作業する男性の利用者さんや、金ゴテを握って初めての左官仕事にトライする女性の利用者さんなど、一人ひとりが生き生きと作業されていた姿が実に印象的でした。庭を作るという同じ目標に一緒に向かう心地よさを、みんなで一体となって感じることができました。

丸のこぎりを使う作業に挑戦した利用者さん。
のこぎりで枝を切る利用者さん。

前田:安藤さんの、この「決めつけてはだめだ」という話ですが、その大事さは私もすごく感じています。今回の作業を通して、「この利用者さんはこんなにきめ細かな作業が得意だったんだ」とか「この方はこんなふうにこだわりを表現されるんだ」とか、日々のサービスでは引き出せなかった利用者さんの一面を知ることができたんです。
真剣に作業に取り組まれる利用者さんたちの姿は、本当に輝いていました。それを見て改めて「人が幸せを感じる瞬間って、何かに没頭している時や集中している時でもある」ということを思い出しました。高齢になるにつれて活動の選択肢が狭まるので、こうしたワークショップの機会を設ければ、みなさんの幸せな瞬間や可能性を引き出すことができるんだなと思いましたね。これを今後にも生かしたいです。

金ゴテを使い、作業に取り組む利用者さん。「初めて使うのよ」と話しながらも、器用に作業していました。
レンガを敷いた周りの道を整備する作業の様子。

長岡:私たちnata studioも、もとより「施工の段階から利用者さんと関わる」ことを大事にしてきましたが、今回その重要性をより肌で感じました。
利用者さんと一緒に手を動かしながら会話を交わすと、「昔を思い出す」と、ご自分の人生の一部を語られる方が多くいらっしゃいました。こうした豊かな対話は、工事というものづくりの時間を共有できたからこそ生まれたのだと思います。一般的な工事現場のように、その場所を囲い、関係者だけで作業する状態では、決して得られなかったものです。
みんなで少しずつ作り上げていったからこそ「自分たちの庭」である意識がそれぞれに芽生えたし、フェンスを徐々に外していくことにも、自然と賛同をいただいたように感じています。

武部:工事って、これからここに生まれる「新しい暮らしの可能性」などが感じられる、すごい工程だなと改めて実感しました。その現場でみなさんと一緒に作業できたからこそ、この先に見える希望をともに共有できたのではないかなと思います。

前田:庭の改装を始める前は、「利用者さんとワークショップをやろう」と計画を立てていましたが、「この日のこの時間に始めよう」という決めごとを作らなくても、気づけば毎日誰かが何らかの形で自由に参加して、毎日がワークショップになっていましたよね。

武部:自然と利用者さんや職員が集まって、作業しなくとも会話を楽しんだり、休憩を楽しんだりして。その施設内の和やかな様子が、フェンスがなくなったことで、より地域の方にも見えるようになり、通行する方との交流も深まっていきましたよね。工事現場そのものが、地域とのコミュニケーションの場になっていました。

長岡:私たちはまず、「地域にひらく」をハード面からアプローチして、次にソフト面をやっていこうと考えていたんですが、スタートしてみたら、それが同時にできていました。

作業の休憩時間に、みんなで談話する様子。

本記事は後編へ続きます。後編では、具体的な改装内容や「みんなの庭」完成後の様子、プロジェクトを通して見られた利用者さんや地域の方への影響などについてお伝えします。

後編はこちら!