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第19回平成医療福祉グループ学会レポート

平成医療福祉グループでは、毎年グループ全体で学会を開催しています。
2024年度は9月28日(土)に、グループ職員のみならずグループ外のみなさまも視聴参加可能とし、オンラインイベントプラットフォーム(EventIn)を介した仮想会場で開催しました。(※)
外部の講師を招いた特別講演と並行し、グループ職員による部門別セッション、教育セッション、一般演題(研究発表)を行った当日の様子や一般演題の受賞結果、講評などをお伝えします!

※学会登壇者の多くはリアル会場で参加

平成医療福祉グループ学会とは
グループミッション「じぶんを生きる を みんなのものに」の実現を目指し、職員による各分野での研究発表や課題をグループ全体で共有して、技術やサービス・意識の向上へつなげるための学会です。
一般演題からは優秀な演題が表彰され、研究費を支給しています。これにより、論文の作成を進め、全国学会などへの発表成果にもつなげながら、研究の継続と活性化を促進します。


より多くの方が参加しやすくなるよう、今年は仮想会場を使用!


今学会は初の試みである仮想会場で開催し、参加者はオンライン上に表示された多数のブース(講演ブース、動画視聴ブース、一般演題発表ブース、展示ブースなど)を自由に回遊して聴講しました。発表の最後には視聴者の質問を受け付けた質疑応答タイムも設け、リアル会場とオンライン視聴者とのやりとりをシームレスにつなげました。

今学会のオンライン視聴者画面の一例。同時に複数の発表が進行され、視聴者は興味のある内容を自由に選びました。
視聴者からの反応も、リアルタイムで届き、学会がより活性化しました。


ー開会の挨拶ー
「エビデンスに基づくケアとエビデンスに頼り過ぎないケア」の双方を大切に考える学会に

武久 敬洋代表

グループ学会は、武久 敬洋グループ代表の開会の挨拶からスタートしました。武久代表は最初に、今回の学会より、グループ外の方の一般参加が可能となった喜びを述べました。
続いて「医療の世界ではエビデンスの追求がとても大切だが、一方でエビデンスだけを注目するのでは見落としてしまう大切なことがたくさんある」と話し、当グループでは、エビデンスに基づくケアとエビデンスに頼り過ぎないケアのどちらも大切にしていきたいという考えを伝えました。
今学会では、この主旨の下に二つの特別講演を企画し、特別講演①ではリハビリテーション領域で注目されている先端医療機器「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)」の開発に関わる慶應義塾大学教授 牛場 潤一氏を、特別講演②では、『客観性の落とし穴』の著者で大阪大学大学院教授の村上 靖彦氏を招いたことを紹介しました。
さらに、BMIはグループの9病院で導入および導入準備を進めており、これからの使用に期待を寄せる旨を伝えました。また、『客観性の落とし穴』は、代表自身がエビデンス至上主義に陥りがちな医療界で、「数値データで表すことが難しいケア」が見過ごされることを懸念した時に出会った本であるという想いも伝えました。
最後に、「今学会が、参加者にとって多くの学びが得られる場となることを願います」とメッセージを述べました。


特別講演の様子

特別講演①
治ることを諦めない
ブレイン・マシン・インターフェース(BMI) リハビリテーション

講師
牛場 潤一(慶應義塾大学 理工学部 生命情報学科 教授)
〈プロフィール〉
2001年 慶應義塾大学理工学部物理情報工学科卒業。
2004年 博士(工学)取得。同年、慶應義塾大学理工学部生命情報学科に助手として着任。
2007年同専任講師、2012年同准教授を経て、2022年より同教授。
2014~2018年、慶應義塾大学基礎科学・基盤工学インスティテュート(KiPAS)主任研究員。
2019年より研究成果活用企業LIFESCAPES株式会社(旧 Connect株式会社)代表取締役社長を兼務。
共著書に『バイオサイバネティクス 生理学から制御工学へ』(コロナ社)がある。
The BCI Research Award 2019, 2017, 2013, 2012, 2010 Top 10-12 Nominees、文部科学省「平成27年度若手科学者賞(ブレインマシンインターフェースによる神経医療研究)ほか、受賞多数。

リアル会場にて、牛場氏の講演の様子。

〈講演概要・要旨〉
脳と機械を直接つなぐ最先端のテクノロジー「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)」は、重度な脳卒中片麻痺上肢の機能回復を誘導できる革新的なリハビリテーション技術として国内外の注目を集めています。BMIは、2018年ごろから活発になった複数のランダム化比較試験とメタ分析による有効性の報告、「脳卒中治療ガイドライン2021(改訂2023)」への収載(推奨度C、エビデンス高)、そして2024年春には、牛場氏が創業し、代表を兼業している(株)LIFESCAPESから医療機器〈医療用BMI(手指タイプ)〉の薬事認証と上市が実現しました。
本講演では、BMIが毎日の臨床にどのように役立ち、新しい価値を生み出すのか、実際の利用例を交えた解説が行われました。

スライドを用いて、技術の背景から臨床応用までくわしく説明し、臨床試験の結果と共に技術がもたらす医療現場での可能性が伝えられました。

質疑応答タイムには、実際にBMIを導入したグループの平成病院(兵庫県南あわじ市)からの質問がありました。「患者さんはBMIの使用時に〈感覚的なイメージ〉を持つことが重要であるものの、〈視覚的イメージ〉に引っ張られやすい方がいるため、感覚的なイメージが正しくできているかどうかを確認する方法はないか」と牛場氏に質問。牛場氏は、運動リハビリでは筋肉の感覚に基づくイメージが重要であり、視覚的イメージに偏りがちな患者さんは、その感覚が正しく形成されていないこともあると説明しました。感覚が正しくイメージされているかは、脳波の反応を確認することで評価でき、また、装置を使いながらセラピストが患者に感覚を教えるティーチングが有効であると述べ、実践的な議論が交わされました。
このほかにもオンラインとリアル会場から複数の質問が飛び交い、活気に満ちた雰囲気のなかで講演を終えました。


リアル会場での質疑応答の様子。


特別講演②
時間がショートカットされる

リアル会場にて、村上氏の講演の様子。

講師
村上 靖彦(大阪大学大学院 人間科学研究科 教授

〈プロフィール〉
1970年東京生まれ、大阪大学 人間科学研究科教授・感染症総合教育研究拠点CiDER兼任教員

著書
『在宅無限大 訪問看護師がみた生と死』(医学書院 2018)
『子どもたちがつくる町 大阪・西成の子育て支援』(世界思想社 2021)
『ケアとは何か 看護・福祉で大事なこと』(中公新書 2021)
『「ヤングケアラー」とは誰か 家族を“気づかう”子どもたちの孤立』(朝日選書 2022)
『客観性の落とし穴』(ちくまプリマー新書 2023)、ほか

〈講演概要・要旨〉
医療従事者のなかには、患者さんの個人の経験を「お気持ち」として軽視し、数値による判断を重視する人々がいますが、村上氏は、客観的な数値と個々の経験は異なる次元のものであり、双方が異なる真実を持つと考えています。特にケアの現場では、個別に偶然生じる経験や文脈が重要な時、数値的なデータにのみ頼ると大事なものが抜け落ちてしまうと指摘。本講演は、論破やネット上での炎上がもつ独特の時間感覚を、経験と対話の時間と対比させながら議論し、「経験の時間と対話の時間がショートカットされる時代としての現代」を主題に展開されました。


スライドを用いて、自身の研究やフィールドワークの経験を基に、ケアにおける個別性の重要性について説明しました。

村上氏は社会全体が管理や効率を重視し、個人の経験や多様なリズムを奪う現代の状況に言及。ケアや人間の生活には多様なリズムが存在することの大切さを伝えるほか、優生思想やヘイトスピーチに対する危機感も示しました。また、これらが社会構造に根づいていることに問題意識を抱いていると伝えました。

さらに、自身の研究を通して、個別の事例を深く掘り下げる必要性を述べました。特に、困難な状況に置かれた人々の経験をインタビューを通じて記録することで、個々のケアのあり方を見出そうとしている旨などを伝え、会場やオンラインからも、村上氏の取り組みに多くの共感の声と質問が寄せられました。


グループ職員によるセッションと一般演題も並行して実施

上記特別講演①②と並行して、「教育セッション」「部門別セッション」「優秀演題セッション(昨年度の優秀演題)」「一般演題発表」が行われました。
一部、外部講師を招いてのセッションも実施し、「部門別セッション」(リハビリテーション部、栄養部、看護部、診療部✕薬剤部)のリハビリテーション部においては、2000年シドニーパラリンピック水泳 金メダリストの加藤 作子氏が「やさしい手と 思いやりのこころーパラアスリートから医療従事者へ向けて」をテーマに話し、リハビリ体験とパラリンピックでの成功までの経緯、障がい者が地域社会で自立した生活を送るための取り組みなどが伝え
られました。
教育セッションでは横浜市立大学 医学部 リハビリテーション科学教室 主任教授の中村 健氏が「早期離床の医学的意義と実践」をテーマに、早期離床の重要性と実際の実施方法について医学的な背景とともに説明し、いずれもグループ内外から大きな反響がありました。

加藤 作子氏のセッションの様子。(左が加藤氏)
部門別セッション(栄養部)の様子。

職員による部門セッションも活発に展開され、「優秀演題セッション」では、昨年のグループ学会「一般演題発表」で高評価を受けた3演題の発表者が、論文化に向けた取り組みを発表。これから研究活動に取り組もうと考える方の参考となる内容も述べられました。

優秀演題セッションの様子。

一般演題はグループ全病院・施設から募り、グループの医師および各部門長、コメディカルによる査読審査を経て、90演題の応募のなかから選出された54演題の発表を行いました。
一般演題のテーマは、以下の通りです。
 
【テーマ】
■QOL向上の取り組み(食事支援)
■質の向上(栄養管理)
■QOL向上の取り組み(口腔・排泄ケア)
■症例を通じて得た知見(看護・リハビリテーション)
■症例を通じて得た知見(リハビリテーション)
■入院生活における多角的アプローチ
■地域包括ケアシステム
■質の向上(看護)
■質の向上(業務改善・働き方改革)

発表はリアル会場でテーマごとに同時進行されました。発表者はスライドを活用して、口述で行い、終盤にはオンライン上からの質問にも各自答えました。

一般演題の様子。オンライン上で多数の質問が送られました。


優秀演題発表と授賞式

すべてのプログラムが終了すると一般演題のなかから厳正な審査を経て、9演題が「優秀演題」に選出されました。選ばれた職員は、授賞式で表彰状と研究費補助としての賞金が授与されました。

※「優秀演題一覧」は、記事の最後に掲載しています。


受賞式の様子。優秀演題に選出された一人ひとりに賞状と賞金が手渡されました。
優秀演題に選出された9名。


学会終了後に「HMW総研賞」が決定

学会終了後、さらに平成医療福祉グループ総合研究所(以下、HMW総研)佐方 信夫所長による、さらなる審査が行われ、優秀演題のなかから「論文化に向けて取り組んでもらいたい演題」として「HMW総研賞」1名が選出されました。

【HMW総研賞】
「姿勢補助装具装着が高齢嚥下障害患者の嚥下動態に与える影響」
平成病院 小川 けい(言語聴覚士)

小川 けいさんの一般演題発表の様子。
後日、平成病院にて授賞式を行いました。


HMW総研賞受賞者の小川 けいさんは、研究への取り組みや受賞の感想などについて、以下のインタビューに応えました。

ー受賞演題について、この研究テーマを選んだ理由を教えてください。

普段の臨床で使用している装具(LEA.Pad:インターリハ株式会社製)が一般的には効果的とされていますが、実際にその効果について明らかにした先行研究はほとんどなく、装具の効果について疑問を抱いていました。同じ病院で働いているスタッフからも「嚥下機能にどのように影響を与えるのか不明」との意見が寄せられたこともあり、装具の影響を明らかにするため取り組みました。

ー今回の研究について、日常の業務とどのように並行して進めたか、またどのような労力を費やしたかについて教えてください。

研究の工程を普段の業務に追加するのではなく、臨床業務の動線上で行えるよう業務改善やシステムの構築から検討し、周りのスタッフが、自身の研究のために特別なことをしていると感じないよう工夫しました。今回は装具を使用して嚥下造影検査(VF)を行いましたが、通常のVFでは装具を使用しない手順になっていました。これまでは枕やタオルを挟んだ代償方法としていましたが、本研究では代償方法として装具を使用する流れとし、装具の取り扱いについても、研究以前から通常臨床内で使用できるようにしていたため、スタッフが装具の取り扱いに困ることがないよう配慮しました。
資料収集や分析に多くの時間がかかり、特に分析は手順(各エンドポイントを動画から静止画にし、それを分析ソフトにかける作業)が多かったため多くの労力を費やしました。

ー研究で得られた一番の気づきや、尽力した点はどこでしょうか。
 
研究を進めるなかで、装具の効果が必ずしも定量的に評価されていないことに気づきました。また、従来の認識と重なる部分もありましたが、実際に自分が担当している目の前の患者さんに対する影響を明らかにすることができました。今後装具の影響をさらに発揮させるためには、使用方法や患者さんの背景をより細かく考慮する必要があると気づきました。

ー研究で得た成果や知見を、グループ内外へ向けて今後どのように展開していきたいですか。

今後はさらに多くの臨床データを収集し、装具の効果を細かく検証することで、個々の患者さんに応じた最適な装具の選択や調整方法を確立させることを目指していきたいです。最終的には学術論文にまとめることで、言語聴覚士やほかの専門職が装具をより効果的に活用でき、臨床現場での装具の活用がさらに有効となって、患者さんのQOL向上に貢献できる発信をしたいと思っています。

ー受賞した率直な感想を教えてください。

このたび、HMW総研賞をいただけたことは非常に光栄で、これまでの努力が実を結んだことに喜びを感じています。周囲のサポートやアドバイスに支えられて、この賞をいただくことができたと実感しています。
今回の受賞を通して、自分の研究が臨床現場に少しでも貢献できたのではないかと感じ、さらなる探求心が生まれました。特に、研究過程で課題の多さに気づき、その解決に向けての意欲がいっそう高まりました。
研究を通し、課題に対して粘り強く取り組むことや、データ分析力がついたと感じています。今回の経験を糧に、今後の臨床現場で役立つ成果を目指して、よりいっそう研究に取り組んでいきたいと思います。

ー来年の「HMW総研賞」を目指す方へ向けて、アドバイスやエールの言葉をお願いします。

まず研究テーマの選定が非常に重要です。自分自身が強く興味を持ち、疑問を解決したいと感じるテーマを見つけることが、研究の原動力になります。壁にぶつかることがあるかもしれませんが、その過程で得られる発見や成長は、今後の力になると思います。結果を恐れず挑戦し、目標をもって粘り強く取り組んでみてください。来年、みなさんと受賞の喜びをわかち合えることを楽しみにしております!

HMW総研所長 グループ学会講評

最後に、医療福祉の研究活動を推進するHMW総研の佐方所長に、今回のグループ学会の講評を伺いました。


平成医療福祉グループ学会を振り返って

HMW総研 佐方 信夫所長

第19回平成医療福祉グループ学会は、オンライン形式ながら多くの職員が参加し、活発な議論が展開されました。特別講演から各部門別セッションまで、多彩なプログラムが組まれ、参加者にとっては専門性を高める貴重な機会となりました。昨年と比べて、先行研究を十分に調査し、考察を深めた発表が増えたことにより、グループ全体の学術的レベルが向上していることを実感しました。
一般演題では、例年通り臨床における気づきや院内の業務改善に関する発表が多く見られましたが、今年はそれに加え、地域との連携やAI・機械学習を活用した新たな研究テーマが注目を集めました。また、グループの取り組みの一環である離島派遣をテーマにした発表もあり、職員の多様な活動が非常に印象的でした。
今回の招待講演では、最先端のリハビリ医療機器「BMI」をテーマにした講演と、「やさしい手と思いやりの心」をテーマにした講演がありました。趣の異なるこれらのテーマは、平成医療福祉グループが大切にしている”多様性”を象徴していると感じました。
また、特別講演で触れられた「客観性がもたらす正しさ」と「一人ひとりの経験に基づく真実」という関係性は、数値データを用いた定量的研究とインタビューなどから情報を得る定性的研究の関係にも通じるものがあると思います。リハビリテーション分野でよく行われる定量的研究と、看護分野でよく行われる定性的研究の両方が、医療における多様な課題の解決には必要であることを再認識させられました。
これからも、平成医療福祉グループ学会では、定量的データに基づく科学的研究を推進しつつ、人の思いやりや「自分を生きる」といった、学術的に測りにくい側面にも注目していきたいと考えています。そうした取り組みにより、医療の質の向上に貢献する、グループ発の研究をさらに増やしていくことができると思います。
毎年行われるグループ学会を通じて、職員一人ひとりが学術的関心を深め、日々の臨床現場で科学的思考を生かしながら、より質の高い医療を提供していけるようになることを期待しています。


優秀演題一覧(※順不同・敬称略)
「管理栄養士によるミールラウンドの実施頻度と付加食量の変化」
神戸平成病院 梶 輝奈(管理栄養士)

「介護老人福祉施設・介護老人保健施設における低栄養リスクが死亡、入院、退所に及ぼす影響」
平成横浜病院 堤 亮介(管理栄養士)

「重症心身障害児(者)における慢性便秘症へのモビコール配合内用剤導入による効果の検討」
ココロネ住吉 辻山 邦子(薬剤師)

「幼児の道具操作に対する、観察シートを用いた質的分析:症例報告」
東浦平成病院 籔中 雅之(作業療法士)

「化膿性脊椎炎を発症し、CRPと疼痛の減少に応じてリハビリ負荷量を上げ、60日で自宅退院できた症例:症例報告」
印西総合病院 小野満 風斗(理学療法士)

「姿勢補助装具装着が高齢嚥下障害患者の嚥下動態に与える影響」
平成病院 小川 けい(言語聴覚士)

「平成横浜病院における介護予防教室「楽活教室」実践報告~ポピュレーションアプローチを図った取り組み~」
平成横浜病院 小田 眞知子(理学療法士)

「A病棟看護師の看護実践における患者家族への代理意思決定支援の困難感に関する質的検討」
平成横浜病院 相田 美子(看護師)

「リハビリテーション部門に勤務する職員の働きがいに関する実態調査」
神戸平成病院 徳嶋 慎太郎(理学療法士)


昨年のグループ学会記事は、こちらをご覧ください!