ーLGBTQを正しく学ぶー 誰もが生きやすい社会作りへの一歩
平成医療福祉グループでは、ミッション「じぶんを生きる を みんなのものに」を掲げています。ミッションを実現するための行動指針(アクション)の一つに「QOL向上徹底から築いた知見を医療福祉改革へつなげる」(※)があり、今回はこの指針がベースとなる取り組みをお伝えします。
当グループでは、すべての人が互いに理解し合い、共生できる社会や職場環境を実現するためにさまざまな取り組みをグループ内で行っています。その一環として、LGBTQへの理解を深める勉強会を、グループ職員に向けて不定期で開催中です。LGBTQについて正しい知識を身につけることはダイバーシティ&インクルージョンへの取り組みを強化するとともに、医療・福祉に従事する職員が、セクシュアルマイノリティの方に対して、安心で適切な医療やサービスを提供するための対応力を高めることにもつながります。
勉強会を進める必要性やグループ勉強会の特徴、また、教育を進めるにあたり大事にしている点などについて、勉強会の中心メンバーであり、講師も務めている松本 武士さん(大内病院所属/作業療法士)に、話してもらいました。まずはLGBTQを取り巻く状況から伺っています。
※1:グループサイト参照
【LGBTQに関連する基本ワード】
LGBTQに関する基本的なワードを、簡単に記載します。
日本のLGBTQへの理解度は、決して高いとは言えない
最近、メディアなどで「LGBT」や「LGBTQ」という言葉を耳にする機会が増えていると思います。同性のパ―トナーシップ制度を進める自治体が増えていますし、同性婚をめぐる訴訟に関するニュースなども流れているので、「LGBTQというセクシュアルマイノリティの方がいる」という認識は広まってきているのではないでしょうか。しかし、LGBTの「LGB」と「T」は別のマイノリティであり、「LGB」が性的指向のマイノリティを指して、「T」は性自認と身体の性に関するマイノリティを指すのだと、こうした違いまで正しく認識している人は多くはないと思われます。
日本の性教育の現場では、これまでジェンダーやセクシュアリティについてきちんと正しい知識が発信されてきませんでした。それに加えて、メディアの情報発信は偏ったものが多い傾向にあるため、LGBTQに対してゆがんだイメージを持ってしまう方は多くいるようです。
性別二元論(性には男・女しかないとする考え方)や異性愛主義(異性愛が「ふつう」であり、同性愛や両性愛は「異常」と見なす考え方)が根強い日本において、セクシュアルマイノリティに偏見や差別を持つ人も少なくありません。LGBTQへの差別意識などがない人でも、よく知らないがゆえに悪意のない言動で、LGBTQ当事者を傷つけているケースもあります。こうした状況において、当事者が学校や職場で、自分を拒否されることやいじめにつながることを恐れ、カミングアウトするリスクを大きく感じていることは容易に想像できると思います。当事者の方が、ありのままの自分を開示して生きることが難しいという現状があるのです。
さらに、日本のLGBTQに対する施策を世界的な視点から見た時、他の先進国と比較して大きく遅れている事実を知ることも重要です。
例えば日本は主要先進7カ国(G7)のなかで唯一同性婚が認められていません。下の図(※)では青色が同性婚を承認する国を指し、日本が該当するグレーは、同性婚の承認がない国を示しています。
これは重要な点であるため強調したいのですが、「LGBTQという性の多様性」があるわけではないのです。異性愛の人、シスジェンダー(身体的性別と性自認が一致している人)においても、例えば身体的な男らしさ・女らしさ、どんな人に魅力を感じるか、自認する性のあり方、ジェンダー表現(着るもの、言葉遣い、髪の長さなど)は一人ひとり異なるわけです。
人間は全体として性の多様性を形成しており、誰もがその「当事者」です。
そのなかで特定のSOGIのパターンを持つ人に焦点を当てると「LGBTQ」という集団になる、という理解が良いでしょう。
LGBTQ当事者の健康状況と医療の現場で生じる問題
医療に特化したLGBTQの現状をお話しすると、「健康リスク・健康格差」の問題が目立ちます。
LGBTQ当事者は、メンタルヘルス(精神的健康)を損ないやすい傾向にあります。前述した、社会における偏見や差別から生じる恐れが、当事者の日常生活にストレスを与えており、自尊心を傷つけられることも多く、抑うつ状態になったり不安を抱えたりする人が多くいるのです。
もちろん、人によって抱える事情はさまざまですが、LGBTQは自傷・自殺のリスクが高いというショッキングなデータが存在することも看過できません。
医療機関がアクセスしづらい場になっているという大きな問題もあります。例えばトランスジェンダーの方の場合、外見と保険証に記載されている性別が異なって見えることで、受付で何度も本人確認をされたり、フルネームで呼ばれたりするなど、苦痛を感じることがあります。
男女別で実施される健康診断に非常に強い精神的苦痛や不安を感じ、健康診断を受けられないまま、さまざまな病気の発見が遅れる結果になってしまう場合もあります。
新型コロナウイルス感染症にかかったかもしれない、という急を要する検査が必要な場合でさえ、医療機関へ行くことをためらうケースがあるのです。
そもそも、当事者の多くが「医療機関での差別経験を持っている(※)」と回答したデータが挙がるほど、医療機関自体にLGBTQへの偏見・差別が存在しているのが問題です。医療従事者の言動に不快な思いをして、医療機関そのものに拒否感を持つ人も少なくありません。
健康格差の一部は、安心して利用できる医療体制が整っていないことに起因すると言えるでしょう。
※『Robinson et al;1996』より、1996 年にアメリカ合衆国で行われた調査では対象となった LGB ら 1000 人のうち 87%が 医療の場で差別を受けた経験があると回答。
患者さんの症状だけではなく、属性や社会的背景まで見る必要がある
本来、医療機関はどのような方にも医学的支援を提供すべき場所です。医療従事者は社会的な役割・使命を負っており、LGBTQの方に対しても、プロフェッショナルとして正しい知識を持つべきです。
LGBTQの健康リスクを考える時、「健康の社会的決定要因(SDH:Social Determinants of Health)」という考え方も重要です。
前述のように、社会的なストレスがメンタルヘルス等を損なう要因になることから、特定の属性・状態の人の健康状態の一部は社会が決めていると言えるので、そのような社会的背景まで視野に入れた医療を考えていく必要があります。目の前の患者さんの置かれている社会的状況はどのようなものか、さらにその背景にある社会構造はどのようなものか、医療チームが捉えられるようになってくると、患者さんが享受できる利益は非常に大きくなるのではないでしょうか。
LGBTQを「自分ごと」として考えられる勉強会を
LGBTQの健康リスク・健康格差をなくすために、きちんとした教育を進める意識は医療・福祉業界でも少しずつ高まっていますが、大手の民間企業などと比べると遅れている状況です。
当グループでは2022年4月より、LGBTQへの理解を深めるための勉強会を始めました。私は、グループの運営陣と一緒に勉強会を進めており、第1回目の勉強会「LGBTQの基礎知識」では講師を務め、グループ内で興味のある方に自由参加で出席してもらいました。
ここでは、国内外の調査や研究資料をもとに基礎知識から社会的背景まで幅広く盛り込んだ内容で講習を進めました。
知識を得るだけに止まらせるのではなく、当事者と接触する経験を持つことも大切です。勉強会では2回目以降に「当事者の話を聞く会」を複数回設定し、現在(※)も進行しています。講師は回ごとに異なりますが、外部から招いたLGBTQ当事者の方に、それぞれ医療の場における困りごとや、医療従事者に求めることなどをお話しいただいており、参加者が直接当事者へ質問する時間も設けています。
勉強会の前後には参加者に無記名アンケートを実施していますが、受講後に、「LGBTQについて誤った認識を持っていたことに気づいた」という回答が比較的多く見られます。また、当事者の話を聞いた後では「自分に何ができるのかわからないけれど、セクシュアリティで悩む方へ何かをしたい」と答える方も多くいます。この回答からもわかるように、LGBTQを取り巻く医療環境を是正するためには、やはり第一に教育が必要です。
LGBTQ教育のベースには、人は誰しもが尊重されるべき存在であることを改めて伝える「人権教育」が大切だと思います。これが土台になければ教育の意味をなさず、根本的な学びにはつながらないでしょう。知識だけをインプットするのではなく、誰もが「人権や公正さを守るためにはどうすればいいのか」と自分ごとに置き換えて考えられるような勉強会を実施していきたいと考えています。
※2022年8月時点。
「みんなちがって、みんないい」の一歩先へ進む取り組みを
グループではこのように勉強会を進めていますが、LGBTQについて学ぶことは、さまざまな多様性の問題や身近にある差別などに気づくきっかけにもつながると思います。
社会的包摂を考える際に「みんなちがって、みんないい」という言葉がよく使われますが、個人的には、この言葉で言い切ってしまうのでは、何も改善されないと考えています。
LGBTQの話で考えるならば、みんな違って、そのなかで特定の人には医療や健康の格差があるわけです。これをそのままでよしとせずに、その格差を埋めるためには何が必要なのか、そこまで考えて行動に移すことが、今、求められていると思います。
この取り組みにおいて、個人ができること、組織ができることがそれぞれあります。個人ができることは、LGBTQについて正しく学んだ知識を周囲と共有する、アライであることを表明する、相手の性別やセクシュアリティを断定する言葉を使わない(例「奥さん、ご主人」→「配偶者の方」、「彼氏、彼女」→「恋人」)などがあります。組織ができることは、勉強会を開いて職員の学習機会を設ける、職場にレインボーフラッグを置く、組織の仕組みを変えるなどがあります。
グループでは、組織単位でセクシュアルマイノリティの人が安心して利用できる医療環境・職場環境の整備を目指しています。現在実施している教育を皮切りに、さまざまな取り組みを展開していきたいと考えています。
松本さんに関するインタビューはこちらからもご覧いただけます。