【空間プロジェクト】利用者さんと職員の双方が心地よく過ごせるデイサービス空間作り-Vol.1-
平成医療福祉グループでは、ミッション「じぶんを生きる を みんなのものに」を掲げています。ミッションを実現するための行動指針(アクション)の一つに「個人の意思とその人らしさを尊重する」(※)があります。今回は、この指針に沿う「空間プロジェクト」の取り組みをピックアップします。
「空間プロジェクト」をスタートしたのは、当グループが運営する、介護老人福祉施設「ヴィラ南本宿」に併設する「平成デイサービスセンター南本宿」(神奈川県横浜市旭区)。プロジェクトの目的は、利用者さんの心が満たされ、職員が気持ちよく働ける、理想のデイサービス空間作りです。
本プロジェクトは、施設職員だけではなく、地域の学生団体と建築分野のプロフェッショナルチームの協力を受けて、改装を進めています。空間作りの趣旨やプランの詳細、進行状況などについて、本プロジェクトを牽引するヴィラ南本宿の職員の話をもとにご紹介します。
※:グループサイト参照
空間・環境は利用者さんの「QOL向上」につながる大事な要素
空間プロジェクトを発案し、リーダーを務める介護福祉事業部 通所部門管理者の前田 浩太郎さん(ヴィラ南本宿勤務)は、デイサービス(以降デイ)において、空間・環境はグループが大事に考える利用者さんの「QOL(※1)の向上」を推進するうえで、大事なものだと話します。本プロジェクトを始めた経緯から、くわしく教えてもらいました。
*以下、「」内の発言はすべて前田さん。
「グループではもとより、『QOL向上』の観点から、施設やデイにおいて、空間・環境が利用者さんに与える影響はとても大きいものだと考えています。
デイを利用される方の目的はそれぞれに異なりますが、デイの基本方針は『その方が家で自立した日常生活を営むためのお手伝いや機能訓練を行う場所』として一貫しており、利用者さんがデイで過ごす時間は『暮らしの一部』を担うことになります。だからこそ、この場所に安らげる空間・環境が整っていなければ、どんなに接遇やプログラムを改善しても、心から満足していただくことは難しいと思われます。
この『安らぎを与える環境』を妨げる要素は、建物の老朽化のようなハード面の問題に限りません。清潔さが保たれていなかったり、物が雑然と配置されていたり、外光が遮られていることや、全体的に殺風景な印象を与えることなど、さまざまにあります」
「また、空間・環境は、利用者さんだけではなく、職員の仕事にも影響を与えます。職員が心地よいと感じ、快適に働ける環境が成り立っていなければ、利用者さんのケアの質にもつながるのです。だからこそ、利用者さんと職員の『双方に』満足のいく空間作りを始めようと思いました」
このような経緯で構想された「空間プロジェクト」。前田さんは、まずヴィラ南本宿のデイ空間の改善において、外部の視点を取り入れることから検討したそうです。
「デイ空間における課題はなんとなく見えていたものの、私たち職員は空間作りに関しては素人です。問題点をしっかりと洗い出し、改善のコンセプトを立てて改装する必要性を感じていたため、自分たちの主観だけで進めてはいけないと思いました。
一方で、『外部の方だけにお任せして改装を進めるやり方も違う』と思っていました。デイの主役は利用者さんですから、みなさんのニーズを反映させたいですし、できれば利用者さんにも何かしらの形で空間作りに参加してもらいたい、と考えていたからです。これらの要望を含めた空間作りの趣旨に共感し、協力してもらえる外部の方はいないだろうかと検討をしました」
こうして協力者を探し始めた前田さんは、空間作りの「良きパートナーになってもらいたい」と思うチームに出会えたそうです。
本プロジェクトに協力してもらうことになった二つのチームを、次にご紹介します。
地域に暮らし、地域作りに取り組む「栖の工房」の新鮮な視点
一つ目のチームは、ヴィラ南本宿から程近い左近山団地に暮らす「栖(すみか)の工房」です。
栖の工房
「あなたの栖をあなたとデザインする」をモットーに活動する、横浜国立大学建築学科の学生グループ。大学の地域支援事業として左近山団地に居住し、「地域のなかで暮らす」ことについて建築設計の側から模索しています。カフェに置くテーブルなどの什器設計のほか、空き家の改修やまち作りなど、地域作りのためのさまざまなプロジェクトを手掛けています。より良い空間を考えるだけでなく、設計者と利用者が協働して空間づくりに関わること、それが地域交流のきっかけになると考え、活動をしています。
長岡 稜太さん、河野 奏太さん、武部 大夢さんの3名が「空間プロジェクト」に参加。
前田さんは、彼らが日頃から活動を通じて地域在住の高齢者とも関わり、交流していることから、本プロジェクトとの親和性が高いと思ったそうです。
「栖の工房のみなさんは福祉に関する知識をお持ちではありませんでしたが、建築を学ぶ若い人たちの意見は貴重なものだろうと思っていました。何より、地域内ですでにたくさんの活動をされているので、その経験も生かしていただけるのではないかと思ったんです。空間プロジェクトの話を持ちかけると、『とても興味深いです』という返事をいただけました」
栖の工房は、ヴィラ南本宿のデイ空間を訪問し、内部をじっくりと見学したうえで、空間における「場作り」の提案を練ってくれたそうです。
「みなさんの提案は、とても新鮮さが感じられるものでした。
デイは、職員が支える側であり、利用者さんは支えられる側という関係性が成り立っていますが、『地域のなかで暮らす』ことにフォーカスを当てた時、職員と利用者さんの間に境界はありません。その垣根を超えて、『誰もが他者と出会い支え合う場を作りたい』という目的で『支え合い』というコンセプトが掲げられていました。
その内容は、ヴィラ南本宿に接する公道(坂)がもたらす空気感が利用者さんやスタッフにどのような影響を与えるのかを読み取って、庭や内部空間を整えていくというものでした。
具体的には、庭に接する坂に向かって視界が大きく開けた場所は、利用者さんや職員、地域の人たちと、共に教え合いながらものづくりを行う場とし、擁壁(ようへき。斜面の土崩れを防ぐ壁状の構造物)に近い暗がりの場所には、落ち着いて読書できるような場を作るというものでした。こうすることで、利用者さんや職員が、自ら場所を選択して、快適に過ごしやすくなると話してくれました。さらに、坂に接する庭を、もっと地域に開くように整えることで、施設外の人とのつながりも生み出せるのではないかと想定されていました。
デイ空間が、より地域とつながることは『地域に根ざす介護施設』にとって大事なことであり、私たち職員が持っていた課題の一つでもあります。
利用者さんを中心に空間を作り上げる趣旨とともに、『施工・設計から地域とつながることを考えたい』という言葉をいただいて、とても楽しみだなと思いました」
さらに、この提案が、次に紹介する二つ目のチームが作成するプランと、重なり合っていくこととなります。
「幸せ空間プロデュースチーム」が
利用者さん・職員の深層ニーズを引き出す
二つ目のチームは、一般社団法人空間デザイン心理学協会(※2)認定の空間デザイン心理士®プロ(※3)の3名による「幸せ空間プロデュースチーム」のみなさんです。
幸せ空間プロデュースチーム
一般社団法人空間デザイン心理学協会会員の3名で構成。人が空間から受ける無意識の影響に着目して、心理学・行動学・生態学を取り入れて開発(※4)された「空間デザイン心理学®」のメソッドを生かしながら、それぞれに建築やインテリア分野のプロフェッショナルとして活躍しています。
伊藤 朱子さん
空間デザイン心理士プロ® 一級建築士
有限会社 伊藤朱子アトリエ 代表/ライフアーキテクト
立教大学 兼任講師。
生田 弘子さん
空間デザイン心理士プロ® 二級建築士。
大辻 喜美恵さん
空間デザイン心理士プロ® インテリアコーディネーター。
前田さんは、協力者を探すなかで「空間と高齢者施設」が結びつく文献を調べた際、幸せ空間プロデュースチームのリーダーである伊藤 朱子さんの論文(※5)を見つけたそうです。内容にひかれてコンタクトを取ると、伊藤さんが建築士としての実績を持つだけではなく、空間デザイン心理士プロ®として「空間デザイン心理学®」のメソッドに基づいた「建物を利用する人たちの深層ニーズを探る」ヒアリング技術(ライフナビ・メソッド™)を持つことを知り、さらに関心を持ったとのこと。
「利用者さんと職員の双方が、本当に満足のいく空間を作るためには、当事者の真のニーズを引き出すことが第一に重要だと思っていました。『中身が伴わない改装にはしたくない』と考えていたので、ぜひ空間デザイン心理士プロ®の方々の力をお借りしたいとお願いしたんです」
空間デザイン心理学®を生かして改装のプランを作成
幸せ空間プロデュースチームは、まず深層ニーズを「見える化」するための個別ヒアリングを、利用者さんと職員の複数人に実施したそうです。空間デザイン心理学協会の独自のロジックに基づく方法(ライフナビ・メソッド™)で丁寧にヒアリングを重ねたほか、座談会形式でのディスカッションも行われました。
ヒアリングの結果から、利用者さん・職員が空間に求める「共通の価値」が抽出され、「理想のデイ空間の方向性」がまとめられました。
また、ヒアリングと並行して、デイ空間が利用者さんと職員の行動にどう影響しているのかを読み解く「空間解析」も実施。解析結果から明らかになった「現状の空間の課題」と、上記の「理想のデイ空間の方向性」を照らし合わせて、どのように空間を変えるべきか、具体的な「改装のポイント」を導き出しました。
幸せ空間プロデュースチームは、施設職員と一緒にさらに収納配置を見直し、職員の日々の仕事動線などを細かく確かめ、プランの詳細を詰めているそうです。
二つのチームとデイ職員、そして利用者さんと共に空間を変えていく
二つのチームは、これまでヴィラ南本宿に集まるほか、複数回オンライン会議も開いて、前田さんたち職員とともに丁寧に提案のすり合わせを行ってきました。現在(2023年4月時点)は幸せ空間プロデュースチームが練り上げたプランを全体のベースとしながら、栖の工房が提案した「場作り」の提案をどのように組み込んで協働していくかを話し合い、施工計画を立てているところです。
2023年4月中旬には、幸せ空間プロデュースチーム監修のもとで、まず業者による床の張り替えとトイレの増築工事を着工。工事はデイサービスの営業時間を避けて実施されました。今後も、運営に影響が出ないように改装を進めていく予定です。
この先、利用者さんと栖の工房が直接触れ合い、改装に関わっていく作業も予定されるとのこと。空間がどのように変わり、みんなにどのような影響を与えていくのか、本シリーズでは空間プロジェクトの動向をさらに追ってお伝えしていきます。次回は、二つのチームそれぞれにもくわしい話を伺っていく予定です。
今後の展開にぜひ、ご期待ください!
※1 QOL:Quality of Lifeの略称であり、「生活の質」「人生の質」を示す。その人の生活や人生がどれだけ豊かで自分らしくあるかを測る、指標となる概念。
※2 人間の心理・行動と環境としての空間の関係に関する調査研究、知識の普及啓発を図り、生活者への知識の提供と人材育成をすることで、Quality of Life(人生の質)の向上に貢献することを目的(※8)としています。
一般社団法人空間デザイン心理学協会サイト
※3 空間デザイン心理学®を使って、科学的なエビデンスに基づいた空間提案を行える、お客様の理想の人生を応援する、空間作りのエキスパート。(※9)
※4 引用:一般社団法人空間デザイン心理学協会HPよりhttps://www.sdpa.jp/
※5「デイルームにおける家具配置の変化とその要因について-デイサービスセンターの場の形成と空間構成 その1-」(伊藤朱子ら,2013)。
※6 「与える・提供する」という意味の「アフォード(afford)」という言葉の造語であり、環境は動物(人)に対して特定の知覚を引き起こさせているという概念。認知心理学者であるジェームズ・J・ギブソンが提唱しました。※7 インテリアや都市空間のなかで自然の要素を感じられる環境に整えること。
※8 引用:一般社団法人空間デザイン心理学協会HPよりhttps://www.sdpa.jp/aboutus/
※9 引用:一般社団法人空間デザイン心理学協会HPよりhttps://www.sdpa.jp/certification-3/
ヴィラ南本宿のデイサービスについては、こちらの記事もぜひご覧ください。
利用者さんの主体的な活動を促し「できること・やりたいこと」を進めるデイサービスへ
〈平成デイサービスセンター南本宿〉
平成デイサービスセンター南本宿は「その人らしさ」を支え、誰もが❝ここに通いたくなる”デイサービスを目指しています。そのために、利用者さんの自己決定を尊重し、ご自身で選んでいただけるサービスの提供を心がけています。理学療法士が個々に合ったプランを立案する機能訓練や入浴、食事、余暇活動などをご用意し、ご自分らしく楽しく過ごせるようにお手伝いします。
〈ヴィラ南本宿〉
ヴィラ南本宿は、特別養護老人ホーム、ショートステイ、デイサービスの三つの介護保険サービスを提供しています。「安心」「安全」「笑顔」をキーワードとして、家庭的な雰囲気のなかで、利用者さんの自立した生活を支援し、身体機能の維持、生きがいづくりのお手伝いをいたします。
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