園芸療法で心身にアプローチし、生き生きとした日々を目指す(前編)
平成医療福祉グループでは、ミッション「じぶんを生きる を みんなのものに」を掲げています。ミッションを実現するための行動指針(アクション)の一つに「個人の意志とその人らしさを尊重する」(※1)があり、この指針に沿って、利用者さんが生活のなかでの楽しみを増やすことを目指す取り組みをお伝えします。
今回は、グループが実施するサービスの一つ「園芸療法」について特集します。グループ全体には13名(※2)の園芸療法士が在籍し、グループの各病院や介護施設などでさまざまな園芸療法を行っています。その一例として、「豊中平成病院」(大阪府豊中市)に所属する園芸療法士の松本 愛さん、畑岡 晴美さんに、実際にはどのような園芸療法が行われているのか、また、患者さん・利用者さんの日常生活にどのような影響がもたらされるのか話を伺い、前後編に分けてくわしくお伝えします。
※1:グループサイト参照
※2:常勤、非常勤を含む(2022年7月時点)
患者さんと利用者さんたちへ、緑と触れ合う日常を提供したい
「園芸療法」とは、一般的に、身近な植物を使った園芸活動を通して、心身の癒やしや健康へアプローチする療法であり、医療や福祉分野をはじめ、多様な領域で用いられています。
グループでは「患者さん・利用者さんが、潤いを感じられる環境と、植物に触れる機会を提供したい」との想いから、日常に必要なサービスとして、一部の病院・施設で導入されています。
グループで実施する園芸療法は、主に園芸療法士が管理する植物のある環境を生かして、患者さんや利用者さんに植物の育成や野菜の収穫、そして園芸作品を作る「クラフト」という作業などを実施していますが、実際のプログラムは、それぞれの病院や施設内の状況に合わせてさまざまです。
そこで今回は、園芸療法士として10数年以上豊中平成病院に所属し、近隣のグループ介護施設へも訪問して園芸療法を行う松本さんと畑岡さんに話を伺い、2人の仕事を通して、グループの園芸療法の事例をご紹介します。
豊中平成病院―リハビリテーションに役立つ緑豊かな環境をご用意
松本さんと畑岡さんが所属する「豊中平成病院」では、園芸療法を導入して15年目を迎えました。病院のエントランスや、併設する介護老人保健施設「ケアホーム豊中」のエントランスには、四季折々の草花がきれいに整備されています。特に「青空農園」と名付けられた病院の屋上には、木々や草花、野菜といった多種多様な植物がそろい、街中にあるとは思えない緑豊かな環境が目を引きます。
こうした環境は、松本さんと畑岡さんが、日々丁寧な手入れを怠らず、時間をかけて育て上げたものです。2人は、この環境を使い「植物を活用した緑のリハビリテーション」を実践していると言います。
「花が嫌いな方や、植物を見て気分を害する方はあまりいらっしゃいませんし、人や動物と違って、植物は人に緊張を与えにくいです。だから『園芸』はいろいろな方のリハビリテーションに導入しやすいですね。
私たちは植物を整備して患者さんや利用者さんに季節をお届けしていますが、同時にリハビリテーションが行いやすくなる『環境』の用意も行っています」(松本さん)
実際、青空農園は病院のリハビリスタッフ(ここでは理学療法士:PT、作業療法士:OT、言語聴覚士:STの総称。以降もリハビリスタッフとして表記)が患者さんへ施すリハビリテーションの場としても使われています。活用の仕方はリハビリスタッフによってさまざまだそうです。例えば、水を飲む訓練が必要な患者さんを、STが日中屋上へ案内し、植物を眺めながら「暑いですね、喉が渇きませんか」と自然に水分摂取を促したり、傾眠傾向が強く日中起きていられない方をPTが屋上へ案内し、植物鑑賞しながら日光浴をしたりと、各スタッフがさまざまに活用しています。時には、突発的に不穏な状態になられてしまった患者さんも、スタッフが屋上に案内すると、緑に囲まれるうちに落ち着きを取り戻されることもあるそうです。
また、青空農園はリハビリスタッフによる個別のリハビリテーションだけではなく、園芸療法の一環として集団で行うリハビリテーションにも活用されています。一例として、回復期リハビリテーション病棟※で実施している「花植え」をご紹介します。
※回復期リハビリテーション病棟では、急性期病院で治療を終えたものの、すぐにご自宅へ復帰するには不安があり、引き続きの治療とリハビリテーションを必要とする方を対象に回復期リハビリテーションを行っています。
青空農園での集団リハビリテーション「花植え作業」
花植え作業の対象者は、植物が好きな患者さんだけではなく、屋外での活動に目的を持つ方などさまざまです。このリハビリテーションでは患者さんお一人ずつにリハビリスタッフが付き添います。園芸療法士は、参加する患者さん全員の植物と作業道具を事前に用意しています。患者さんが屋上にそろったら、全体に花植えのポイントを説明した後、個別の作業をチェックしたり、アドバイスしたりと、みなさんの作業が滞りなく進むように細心の注意を払って進行していきます。
花植え作業に要する時間は30分程度ですが、園芸療法士の2人は、患者さんたちが時間内に作業を終えられることや、作業で疲れてしまうことがないように留意して、下準備にも手間暇をかけています。例えば、豊中平成病院では基本的に園芸療法では花が枯れた後の土を再利用していますが、患者さんによっては、土を耕す作業から始めると、作業時間も労力もオーバーする恐れがあります。そのため、必要に応じて事前にプランターの土を整えておくなど、入念な準備がなされています。
園芸療法士の2人は「限られた時間内に、患者さんたちがやりがいや達成感を得られるよう、作業全体をコーディネートし、案内役を務めることも私たちの役割」と話します。
回復期リハビリテーション病棟の患者さんは、約3カ月で退院される方が多いため、植えた植物の花が咲くところまで見られる方はほとんどいません。しかし、これも患者さんにとって、意味のあることだと畑岡さんは話します。
「花が咲く頃にはみなさんは退院されていますが、『植えた花が、次に入院する方の目を楽しませてくれますよ』とお声がけし『これから』につなげていく気持ちに働きかけるようにしています。次の方のためにという意識を持つことで、ご自身の使命のようなものも感じられているようですね」(畑岡さん)
この病院の植物は、園芸療法士はもちろん、患者さんたちの手も介して、次に病院を訪れる方のためにきれいな状態が引き継がれ、保たれていくことも大きな特長の一つです。
日常に、植物を感じる喜びと心地よい刺激を
園芸療法士の二人が整えた緑豊かな環境は、併設する「ケアホーム豊中」の利用者さんたちの日常にも潤いを添えています。松本さんは、入所されている利用者さんに付き添い、時折病院と施設のエントランスにある花壇へと散策に向かいます。
そこでは、利用者さんに草花を目で見て楽しんでもらうだけでなく、直接触れて体で感じてもらえるように、例えば「ゼラニウム(センテッド・ゼラニウム)はとても良い香りですが、蚊は嫌うので蚊よけになるんですよ」と興味喚起して香りをかいでもらったり、「この植物は見た目と違って柔らかいんですよ」と感触を確かめてもらったりと、利用者さんに植物との自然な触れ合いや、心地良い刺激を楽しんでもらっているそうです。
散策はひとときであっても、入所されている方にとっては、楽しみにしている「貴重な外出の時間」です。その時間に園芸療法が介在することで、季節をより心身で感じられ、さらなる喜びにつながっているようです。
本記事は後編へ続きます。
園芸療法で心身にアプローチし、生き生きとした日々を目指す(後編)